クライシス、それともカタルシス?

傍目から見ると迷走に見える。本人から見ると直線道路に見える。それが中高年のクライシス(傍目から見て)、またはカタルシス(自分から見て)である。

ぼくのここ一年のワイルドな選択、暮らし、そして社会制度上の地位についてすべてを知る人は少ない。言うのも憚られるし、おっさんの苦しみやほくそ笑みなぞ、誰も聞いてくれないし…(^^;)

自分で言うのもなんだが、そこそこワイルドである。しばらくぶりに電話で話した同年の友人にぼくの近況を伝えると、彼も絶句しやがった。彼だって以前はあれこれあったぜ。

とはいえ、まだ生きるか死ぬかまでは行っていない。ほんとうにワイルドな人生をおくる人から見れば、せいぜいハーフボイルド小説の主人公である。拳銃を渡されて、あららと取り落として自分を撃つみたいなヘマな奴である。へらへらしちょるぞ。

その友人が印象的なことを言っていた。

「おれたちの年代、そろそろ人生のエンディングに向かってどうするか考えるときだからな」

そのとおり。ぼくはこのままじゃいやだとずっと思っていた。しぼみたくないと思っていた。そこに運命を変える人がやってきた。つかんだ。というかしがみついた…(^^)

中高年は生き直そうと思う最後の時期なのだ。転職はもとより、大学に入って勉強し直そうという人もいる。移住する人もいるだろう。旅に出る人だっている。ギャラリーをやる人もいる。多くの中高年が血迷うのだ。

これをやらないとオレは生きている価値はない。社会にとっても価値のあることなのだ。そう思う。だが周囲の人は冷ややかに見る。何をまたハッスルしているんだろう?と中高年のドン・キホーテを訝しく思う。

中高年の血迷いはハタから見るとクライシス(危機)だが、本人はカタルシス(浄化)なのだ。このギャップ、いかんともしがたい。

だから若年層のみなさん、どうか温かく見守って、やらせてやってほしい。人生の夕陽に向かって吠えさせてやってくれ。ひょっとするとホントに社会を良くするかもしれないから。いや99%徒労に終わるけれど…(^^*)それで満足するんだからええじゃない。

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さあぼくも夕陽に向かって叫ぼう。創作原稿に向かいます。

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