てのうつわ

自分の作文に教えられることがある。自分で自分を律するといいますか。それって偉いのか、ボケてるのか…

昨日と今日、合計28時間くらい創作に向かっていた。昨日は捗ったが今日は苦しかった。一進一退ならぬ1〜1.5進1〜0.5退くらい。ぼくのパターンはそんなことが多い。それを知っておけば、もっと合理的に「書けるときに書く」「書けないときに撤退する」ができそうなものだが、できない。なぜなら…

「書けない」時も「書いている」

書けないウックツが気づきになって言葉になって降ってくる。そういう時もある。しかしさすがに疲れた。身体が悲鳴をあげてる。目も見えない。今日は暑かったから集中力も出なかった。

だがひとつ良いことがあった。ようやく山場に差し掛かった。その山場は1年半以上前に書き終わっていた。

今日山場に久々に再会して「やあ」「やっときたね」なんてあいさつを交わした。そやつに部分的に修正を入れながら、新しい本文にはめこんだ。おさまりは悪くない。しかも山場だから、自画自賛ですが、けっこう良いことが書いてある。ポイントは…

うつわ。

器である。人間を測るものは器の大きさ。それは男性的な仕事ーたとえば戦い、政治、社会運動ーだけでなく、恋することも器がカギを握る。

2年前の山場文と再会して、ハっと思った。またぼくは生き方を間違っていた。なぜ今の境遇ないし人間関係があるかといえば、ぼく自身が変形したからだった。ぼくは求めても得られないので悲嘆に暮れるという悪いパターンにハマっていた。前はちがっていた。ぼくみたいなチンケなやつでも、小さな器をつくろうとしていた。

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ほらこんな手のひらです。我ながら痩せてるなあ(笑)物も道具もお金もいらない。つくろう、受け止めようという心さえあれば誰でもつくれる。

器で哀しみや絶望や病気や貧困を受けとめよう。たとえ解決策はなくても、受けとめることさえできればそれは崇高なのだ。心の中に器を持てるのは、口で言うのはかんたん、そう何びとでも持てないから。

まだ雑文だけどブラッシュアップして、早く読んでもらいたい。あるおふたりに試読してもらう予定。待っててください。

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