質量の人になれ

「質か量か」ではなく、「量も質も」でなく…

次の医師の原稿のテープ起こしができた。幾つもウフンということを言っていたが、「量と質」の話があった。

量も質も両方大切である、質は量によって上がってゆく。そんなコメントである。外科医であれば同じ手術で50例を越えると、安定して良い手術ができるという。症例数はダテではないのだ。

医療の話はさておき、文系的に「量と質」を考えても、やっぱり量をすべしという結論になる。量を重ねることで質は上がる

たとえば文章が上手になりたければ100万字書け。どのくらいか?たとえばこのブログは毎日1,000字と決めている。それをほぼ日書くとして365日×1,000=36万字である。つまり3年である。ぼくはその倍になろうとしている。

他の分野でも同じだろう。絵を描く、写真を撮る、デザインをする、寿司を握る… 数をこなすことで真髄に迫れる。

一方で、闇雲(やみくも)にやるな、考えながらやれと言う人もいる。野球なら漫然とキャッチボールを繰り返すのではなく、投げ方や球筋やスピンやスピードやなんやらを考えながら投げろと。考えながらでないと上達しないのはもちろんだが、昔の上司はこうも言っていた。

ミーティングはするな。ミーティングで決めたことをやれ。

考えてやらない、考えて方針を変えるくらいなら、考えずに一度決めたことをやれ。ミーティング数と売上は反比例するから。

量と質を考えるとき、物理法則から考えるとさらに考察が深まる。「量質転化の法則」というのがある。

ある物質は量的に変化すると質が変化するという法則である。代表的な例は水である。氷→水→水蒸気と環境(温度)の変化で転化する。他にも金属やら磁性体やら色々あるという。

おもしろいのはいくら変化しても「質量は一定である」ことだ。

重さは引力で決まるから、地球の12kgは月では2kgである。だが質量とは、物質がそもそももっている値で、どんな環境でも一定である。そこから生き方法則が導き出せる。

質量の人になれ

どんな苛烈な運命でも、心が暴風域に入っても、嫌な人間関係があっても、動ずることのない人になれ。質量が一定の人になれ。

それはぼくには遠い。すぐに沸点に到達する。まあ喜怒哀楽もナチュラルに受けとめながら、質量のブレを小さくすることぐらいですね。

IMG_6250
余談。太陽が曇っているのではない。雲があるだけだ。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中