世界一幸せなナッシュ均衡

今日は昨日の負けた文を取りもどした。

昨日、唸って書いたものは、書いたそばからダメ出しした。無念なる思いを抱きかかえて寝て、がばっと朝五時半に起きた。トイレに座って自分を追い込んだ。

「つくるな。自分のことを書けばいいじゃないか」

すると、話が降りてきた。ふたつもだ。昨日のエピソードを焼き直せる。ある植物の話をもっきてひとつ書ける。そう思うとウキウキした。ふたつの業務をパッとやって、自分の物語創作に入った。石田衣良氏がどこかで「エッセイやコピーライティングの仕事を早くやって、小説を書く時間を確保したい」と言っていた。それが少し共有できた気分。

書いているのは恋に関する物語だが、その内容とどこかつながる理論を創った人が亡くなった。世界的な数学者である。

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ナッシュ均衡のジョン•ナッシュ氏が自動車事故で亡くなった。妻と乗っていたタクシーが事故を起こし、ふたりとも車外に放り出されて即死。どうぞ安らかに。

その半生を描いた映画『ビューティフル•マインド』は、いろんなシーンが印象的だったが、とりわけ“美人投票”のくだりを覚えている。

•バーにひとりの美人と3人の不美人がいる。
•3人の男性がバーにやってきて品定めをする。

均衡その1、男3人がみんな美人に群がり競合して、誰も美人をゲットできない
均衡その2、不美人の女3人は「むかつくわ」と言って男を相手にしないから、不美人もゲットできない

映画なので理屈ははしょっている。実際はもっとコむつかしいが、まあこの説明で十分だとしよう。

ここには3つの均衡がある。「美人に手を出せない均衡」「不美人がそろってプンプン怒る均衡」「男が誰も女をゲットできない均衡」。だから高嶺の花はあきらめて、それなりの幸せを求めよという助言も確かにできるが、それは正しいのか。

自分の美人が見えていて、ゲットしないのは人生を均衡させられない。不均衡(不満足)を抱えて生きることになる。どんなに高嶺の花でも挑戦して、均衡を崩すべしじゃないか。

でもほんとうの問題は「自分の美人が見えていない」ことなのだ。それが見えないから動けない、不均衡な人生を崩せないのだ。自分だけの美人を見つけること。それこそ「自分だけのノーベル賞」だと思う。

ナッシュは二度結婚した妻アリシア(離婚したのは統合失調症の自分から離れろ、というものだった)と他界した。きっと天国でも妻と均衡できる。それが世界一幸せなナッシュ均衡である。

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均衡する猫たち…

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