御朱印をもらうまで待っていて。

待ち人よ、待つ人よ、待つ土の人よ。

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台風一過、暑くなるかならないか、ぎりぎりの午前中に訪ねた。千葉県松戸市の松戸神社である。駅から徒歩5〜6分。濁る小川に沿って神社の裏門に着く。ここに来るのは4年ぶりくらいだ。

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境内は裾広がりに広い。裾広がりといえば確か富士塚もあるが、神社内神社というか、たくさんの小神社や社がある。宇宙飛行士の山崎直子さんがここのお守りを持って宇宙に飛び立ったことでも知られる。パンフレットを読んでいると、意外なことがわかった。松戸のいわれである。

日本武尊皇子が東国への東征のおり、他の従将とここで待ち合わせた。後に祭壇がつくられて神社になったが、その謂れから「待処(まつところ)」と呼ばれ、それが「待土(まちど)」となり、いつしか「松戸」になったという。ここは祈祷にも黙祷にも避暑にも密会にももってこいだと思ったが、それもそのはず、待ち合わせ場所だった。

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ご朱印が出来上がった。シンプル&あっさり。富士山のひとつ描くか、ロケットの一本飛ばしてくれてもいいのに。まあいい。待ち処がわかっただけでも来てよかった。

ぼくにも待ち人がいる。

日本武尊の待ち人は戦に出向く勇猛な将軍たちだったが、ぼくの待ち人は細いが芯は強く頑ななところもある人。ぼくにとっては将軍だ。待ち人は果たして来るのだろうか。

いや実際のところは、ぼくが待たせているだけだ。

戦をするのにふさわしい体力も知力も財力もない。口角泡飛ばして相手を脅す虚勢もない。なんとかそれを手に入れたい。それができなくても、もうちょっとちゃんとしたい。だから待たせている。待たせた挙げ句にぷいっと消えてしまうかも。いつまで待たせるかぼく自身がわからないくらいだから。

待つことは楽しい時もあれば、悲しい時もある。

「待ちに待った」と言えば楽しい待ち時間、「待たせちゃってごめん」と言えば怒りの待ち時間。もっとも悪いのは待たせた挙げ句「待つ価値がなかったな」だ。「いつまでも待つど」(スミマセン…)と言ってくれればいいけれど。待った価値があったといわれる人になるためにどうしたらいいでしょうか、と神社で問いかけている。

ちゃんとした人間の印という御朱印をもらうまで、待っていてね。

しかしさ、これ、松戸神社のすぐ近くにある…

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自宅に神社。出不精じゃないよね(笑)。

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