イチゴ一会

午前中に難事をひとつ終えて、午後ぼぉっとした後に、今月の原稿を仕上げた。

温帯低気圧のせいで、風雲が下り坂を転げるように急を告げ、洗濯物は物干し竿にしがみつき、網戸は暴風の伴奏でしわがれ声で歌っていた。

イチゴの花、咲く〜ころ〜♪

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ちがうって、それはすみれ。ダジャレ許せ。午前中はこんな感じで、新春に植物園でもらったイチゴの鉢は我が出窓でぬくぬくとして、ごらんのようにもっさりと育ち、可愛い花を咲かせた。大きな鉢にしてやりたいんだが…

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今はぼくと同じように縮こまって生きなはれ。1ヶ月後にはきっと大きくなれるから。ひとつ難事を終えたが、それは次の難事の始まりでもある。もう一つ、別の難事が待っている。2つの難事と平行して我が身をあえてつらい立場にも置いている。どれもここに書けるほど胸をはれることじゃないけれど…。

自分がふがいないと思う日、
歩きたくないぬかるみの道、
胸が痛む離れ離れの暮らし、

そういうときに人はどう思うんだろうか。どう振る舞うのだろうか。

今日よりため息の日があるさ。
今日より濁流の日があるさ。
今日より寂しい日があるさ。

こんな風にポジティブに思えと言うのか。それも悪くない。悪くはないけれど、そういうときは「イチゴ一会」である。

またまたつまらないダジャレすみません…。でも一期一会の本当の意味をご存知ですか?普通には「一生に一度の出会いを大事にしなさい」だが、一歩進めてホントは;

毎日顔を会わせる家族、友人、仕事仲間であっても、
その会話や散歩や仕事の一瞬一瞬もまたたった一度、
相手を思いやって、その出会いを大切にしなさい。

という意味だという。前者は千利休の言葉、後者は井伊直弼の言葉と言われる。

どちらもホントだが、今のぼくは、あえてふたつを合わせて2で割りたい。そしてこう思う。

平穏な日の自分も、暴風の日の自分も、ひとりぼっちの日の自分も、どの自分も一生に一度の自分である。今日の自分は今日だけ、明日の自分は明日だけ。いろいろな自分と会えて、自分を成長させられることに感謝せよ自分。

そしてそれは一瞬だけだ。せいぜい24時間限り。だから土砂降りだってありがたい。

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明日は晴れです。

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