中途半端なときにこそ。

うーむ…なんだかどれもこれも中途なのだ…(^_^;;)

夜っぴいて書き直した割には原稿は中途である。まだ書き直せる点があるのはわかっても、解が見つからない。そのせいで睡眠も中途というか半分以下である。その原稿を優先していることもあって、もう一つの原稿も中途で停止中。文章修行中の原稿も中途で止っている。おまけに税務署や市役所の用事もちゃんとこなせず、作らないといけない申告書も中途である。

ぴゃっとやろうぜ、ぴゃっと。と思うものの心身がお疲れのせいか、昼間はぼぉっとした。講義資料の作成もやりかけてやめた。山田Dが作ってくれたバナーを使ってウエブサイトを作らないとならないのにできなかった。

疲れたなぁとつぶやいてみた。

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図星さ。ありがとう。

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よおし、すっくとしよう。結局、人間の価値っていうものは、中途半端な時の姿勢に出るものだ。

何も成し遂げられない時、どうやっても道が見つからない時、うまくできない時、八方塞がりの時、退却せざるをえない時にこそ、その真価、その人間性があらわになり、底力が問われる。

じっと風雨の時をこらえて、少しずつ前進してゆければいい。風に煽られるなら、立ち止まって物陰に隠れて、大きな目をもって見渡す度量をもとう。

つまんねえから憂さ晴らししようかとか、やめちまおうとか、ずるく立ち回ろうかとか、それじゃあいかんのだ。雨風で傘が折れたら治せばいいじゃないか。

ぼくは中途にあるとき、こう思うようにしている。

中途であることはありがたい。まだゴールしていないってことだからありがたい。これからまだ始められることがあるのだ。今までが一番幸せな時ではなくて、もっと幸せな時を求めることができるのだ。

なぜなら道半ばだからだ。生きるということはいつも道半ばなのだ。

答えが出ない時は、答えを求めてはいけない。答えがやって来るように自分の中の道を整えるべし。答えを求めよう求めようと焦る時の心の形は、トングかUFOキャッチャーのような針金の形をしている。答えよ来るなら来いと静かに受けとめる時の心の形は、手捻りの器のように人間ぽく、葉っぱのくぼみようにナチュラルであり、手づくりのケーキのように温かい。

ということで明日はきっとすっと。

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モスケーキ、超美味しかったよcherryさん、ありがとう。

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