レコードストアデイに捧げる言葉

レコードは床に広げやすい。コバヤシさんの部屋は床一面にレコードが出しっぱなしだった。ズボラだったなコバヤシさん(^^)。

IMG_5834

今日4月18日が『レコードストアデイ』。それで思いだしたことだ。ぼくも少しだけレコードを床に広げてみた。一枚かけた。優しい音が鳴りだした。

IMG_5835

レコード時代、音楽は今よりはるかに面積をとっていた。

ステレオコンポーネントはでかかった。ケーブルはごちゃごちゃしていた。スピーカーは分別ごみ箱くらいあった。何よりプレーヤーが平たくて重くて場所を取った。ぼくはSANSUIのアンプやチューナー、カセットデッキを持っていた。プレーヤーはDenonだったかな。忘れた。今持っている軽量級プレーヤーもDenonだからたぶんそうだ。本棚一段、チェストの上部、ごみ箱二つ分、それが音の機械スペースだった。

アキバが秋葉原だった頃、音響製品は売場を占めていた。所狭しとコンポが並び、墓石のようにスピーカーが立ち並んだ。視聴室があって、オットマンチェアに揺られて、音楽のある書斎を夢見た。

レコード店も「ブツ」で占められていた。レコードはこちらを向いて陳列されていた。ジャケットをさっトン、さっトン、さっトントン…と持ち上げてはチェックする素早さを競いましたね。

あの頃まで音楽は固形物だった。レコードがCDとなりちょいとMDになり遂にbitになってネットで売られだしたとき、「レコード店」が消えだした。それはそうだ。ダイレクトで無形なものを売った方が効率はいいし、費用も安い。音楽機械も携帯プレイヤーになった。「音響店」は消えた。それはそうだ。小さくて場所を取らない方がいいに決まっている。

待って、本当にそうですか?音楽が気体になり、音響機器がFRISKになるのが、本当にいいのですか?

面積と関心は比例している。物理的に縮小すると心理的にも縮小する。

ぼくはレコード>カセット>CD>MD>Bitとなるにつれて音楽を聴かなくなった。音楽が心のシェアを占める割合いも減っていった。なぜなら、関心があることは場所をとるからだ。Kindleに何千冊も本を収めて「ああ!場所取らなくていい」なんて全然思わない。いろんなサイズの本が肩を寄せ合う凸凹な本棚が愛おしい。

効率なんてくそくらえ!ーそれがレコードストアデイに捧げる言葉。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中