おのれ自らペール•ギュントになる。

ペール•ギュント 「ソルヴェイグ、おれは自分を探す旅に出てくるよ。自分を探して、自分を見つけて、オレは必ずここに帰ってくるから」
ソルヴェイグ 「私はここで待つわ。春になって夏でも秋でも、何年も、何年もあなたを待つ」

こう語りかけて歌い出した歌い手に惹かれて、ぼくは『ペール•ギュント』の本を読んだ。これが実におもしろかった。イプセンが1866年に発表した戯曲は、生涯の一冊になった。

IMG_5830
農夫の放蕩息子ペールは、村で花嫁を奪って山に逃げ、ソルヴェイグ(毛利三彌訳ではソールヴェイ)をおいて旅に出る。まず訪ねたトロル王に「おのれ自らに満足せよ」と告げられて、自分勝手に生きるのだ。恋もどきを重ね、奴隷売買で儲けて金持ちになったかと思えば、一文無しになる波乱万丈ぶり。だが単なる痛快喜劇ではなく“自分探し”なのである。

森で、大きな木の枝を持って振り回すペール•ギュントに、
声が降りてくる。
ペール 答えろ!何ものだ?
声 おのれ自ら。

キーワードは「おのれ自ら」それは何なのか?その答えを探して歩きだす。

欲望の山に登っても虚しい。お金を儲けても虚しい。だが砂の上の小さな蛙や蝸牛は「おのれ自ら」に生きている。虫にできてなぜおれにできない。乗る船が沈没してボートにしがみつく。そこに船客の亡霊が現れて言う。

船客 あなたは半年に一度でも、
真の恐れを感じたことがありますか?
ペール どういう意味だ、よくわからん。
危険が迫れば誰だって恐くなる。
船客 あなたは生涯にたった一度でも、
恐れを乗り越えて勝利をつかんだことがありますか?

彼にはないのだ。芯から挑んだことがない人生なのだ。道ゆく道に現れたボタン作り(死神)にも、「おまえさんはおのれ自らだったことなんて一度もない」「おのれに徹するとは、おのれを殺すこと」と告げられる。道ゆく道で出会った牧師からも、指が4本しか無い男は、世間ではつまはじきにされたが、家族の中では偉大な男だったと告げられた。

そしてペール•ギュントは、ついに旅の果てに、ソルヴェイグの待つ森の家にたどり着くのだ。「おれは世界中旅したが、ほんとうはどこにいたんだ?」と彼女に訊いた。

ソールヴェイ その謎はやさしい。
ペール じゃ言ってくれ、おれの全身、おれの真実。
おのれ自らとして、おれはどこにいたのか?
ソールヴェイ わたしの信仰の中、希望の中、愛の中。

******

ぼくもずいぶん回り道をした。いろんな仕事をして、20才の頃に一度やめた「書くこと」に帰ってくるまで20年かかった。欲に任せて女を追って、ほんとうに愛する人に出会うまで30年かかった。すべてを赦してくれるソールヴェイに出会った。回り道の人生がつながった。そして今、おのれ自らになる物語を書いている。まずこれをやりとげたい。そして愛の信仰の中で死ねるように生きたい。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中