手紙が伝えるコト

今日、3通の手紙を書いた。板柄の紙で手づくり封筒を作り、同じ紙を便せんにした。心穏やかになった。

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手紙を書く人はレアである。年に一度、年賀状という人もいるだろう。手間ではあるが、手書きの手紙は人と人のすれ違いを減らす。密着を増す。何しろ恋文は電子メールやFacebookメッセージでしない。別れ話は書くかもね…(^^;

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ことばを扱うぼくのミッションは手書きの手紙を再生すること。そこで今日は色々と手紙について考えた。まずは歴史だ。

手紙とはかつて「常に手元に置いて使う紙」「半切り紙」の意味だった。鼻をかんだりメモさらさらだ。手紙という言葉の前は「文(ふみ)」。恋文であり、懸想文(けそうぶみ)とも言われ、和歌や草木を添えたという。また「消息(しょうそこ)」ないし「書状」とも言われたが、前者は女が書き、後者は男が書く。手紙にも“性別の名詞”があったのだ。

形も変わってきた。元は木製の木簡(もくかん)であり、書簡という言葉は木が紙に転じたからだ。江戸まで封をするかしないかで切り紙か封巻であった。手紙の受け渡しは家臣、寺僧、山伏が飛脚となり、やがて飛脚は商売となった。おまけだが、書状寺僧は高僧の口述筆記や手紙の受け渡しをしたのだろう。

明治以降、郵便事業が輸入されて、今の葉書•封筒•便せんのスタイルが確立された。商品としての手紙もそのシステムとルールに沿ってきた。だから手紙の商品開発と言えば葉書•封筒•便せんという紙製品である。歴史からも、紙(便せん)のサイズ、形、添え物に商品のヒントが見えてくる。

だがぼくの思いはちょっと違う。モノではなく伝えるコト、伝え方を刷新したい

恋文を書いてドキドキする心を伝える手紙はどんなだろうか。親と子が訳あって離れて住み、お互いの境遇を伝える時の切実さをどう伝えあえばいいだろうか。外国に留学した子がホームシックにかかって、落とす涙を受けとめる手紙は何だろうか。訳あって今ではなく、何年後か先に封を切ってもらいたい手紙の封筒はどんなだろうか。人間が旅するように手紙もまた旅をしている。旅する手紙はどんな旅支度をするのだろうか。

コトに合った紙質、コトに合った形状、コトに合った色の手紙のアイデアを出したい。開発をしたい。発進までもうしばらく。乞うご期待です(^^*)

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