留学生は大切に

留学生は大事にしたい。ヨソの国で生きるってやっぱり大変だから。

4月からのASEAN留学生就活講座の資料づくりをしていた。資料集めの途中でこの記事に出会った。1956年のフルブライト留学生の手記。迫ってくる内容だ。

吉見富美子さんの『1956年のフルブライト留学記』。米国へ留学する外国人学生の学費を援助する制度。日本では1952年から始まったから56年といえば草分けだ。英語の教師の吉見さんは、冷やかしに受験したらパスした。合格したからには英語を極めようと留学を決めた。それも日本人が誰もいないミズーリ州のド田舎の学校へ。肝が座っている。

まず申請である。当時はコンビニなんか無いからコピーひとつ大変だし、証明写真も大使館指定の品川の写真館と何しろ手間がかかった。それだけでヘトヘトになった。トランクも高価で買えず、柳行李に木枠を付けたという。もちろん船旅で、氷川丸で横浜からシアトルまで12日かかった。電車でなんとかたどり着いたのは駅舎もない駅。英語ができずシーツひとつ買えず、ボウリング場ではピンは人が立てて、ボールを投げ返してくるド田舎で、ひたすら1日10時間勉強した。

米国の懐の深さを感じたのが、お金にまつわる話だ。

田舎ゆえ賃金が安くてバイトをしてもお金が貯まらず、せっかく米国に来たのにニューヨークも行けないと言うと、教会がカンパして旅費を集めてくれた。若い夫婦が見ず知らずの日本人留学生を食事に招いてくれた。留学の最後では、同じく留学した夫と暮らしたが、彼が盲腸になった。手術をした。米国では医療費はバカ高い。しかも帰国前で健康保険が切れていた。そこで医師に相談すると「あなたが偉くなったら他の人にそうしてあげなさい」といって無料にしてくれた。

留学の大変さは外国語で勉強するだけではない。異文化のギャップにさらされ、労働の辛苦を味わい、慣れないことばかりで神経をすり減らし、お金で困る。大変なのだ。だが人の情けにも助けられる。どれもこれも貴重な体験である。

そして、留学生は留学生を助ける人もつくる。吉見さんは親切にしてくれた医師の教えを守って、帰国後20年にも渡り自宅でASEAN留学生を住みこみさせた。

留学生には優しくしてあげたい。何しろ日本を選んで学びに来てくれたんだから。まずはへぼ講義だが、なるべく身に付くことを授けたい。

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夜桜を見物しました…(^^*

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