人と為り

今日は自宅兼仕事場で原稿を書いた。正確には書こうとした。書いては丸め、書いては千切った…PCだから紙の原稿用紙のまねはできない…(^^;)

全体の構成は決まった。出だしを書き出した。なかなかいいじゃん。ちとレトリック入りすぎ。もっと事実を。ほっと一息いれて昼食。食べるより食パン主体の補給という感じ…(^^; 書くときはこういうゲテ食いが多くなる。

そしてまた書き出すとウトウトしだした。ほどなく「ずどーん!」と直下地震があった。びっくりして目が覚めた。震源地茨城県。まだ揺れが足りないのかなあ。事実から書き出したのだが、なんだか平板。つまらない。なにかが違う…なんだろーな…

まとまらないのでスーパーに買い物に出かけた。まとまりのない買い物をして帰る途中、空を見上げると気づきがあった。天は人の上に人をつくらず、ペンは原稿の上に人を書かず。ぼくは事実ばかり書いて人を書いてない。改めてこの医師はどんな人なんだろう。

こんなこと言っているが、実はこういう人だろう。そう考えると少し雲が晴れた。しかし文が降りてこない。どうやら書けない日になっちまった。カレンダーを見てちょっと落ち込んだ(^^;)

そういう時は「応援してもらおう

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昨日ついた手紙はシンガーソングライターのmimoさんから。ほらほら「愛しの郷さんへ」こういう書き出しじゃなきゃいかんですたい(笑)先々月号、鳶巣賢一医師の肖像が掲載された『ドクターズマガジン』を勝手に送ったら、素晴らしい感想文レターを頂いた。彼女の言葉が面映くて、嬉し涙で目が霞んだが、「おっ」というくだりがあった。

郷さんの人と為りまでが見える文章。2人(鳶巣医師とぼくのことだろう)の「優しさが人を救うことを信じた」男たちが…(後略)

人と為りとは医師のそれだ。彼の青春のトンネルをくぐると天職への光が見えたという物語だ。それはぼく自身の孤独感と似ていた。だからガンガン書けた。今回のこの医師とも「重なればいい」、その人と為ればいい。彼と重なる共感はどこだろうか?

「それはあそこだ、あの言葉だ」と気づいた。

滑り出しを5行ほど書いた。彼の言葉を足した。そして事実を足した。これでゆこう。書けた!「人と為り」とはその人の生き方、自分を重ねる部分、生きた文を降ろすキーワードなのだ。気づかせてくださってどうもありがとうmimoさん。お手紙書きますね。

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