御朱印をめぐって

南国に出かけた折りに照国神社に寄った。山田Dから「頂くように」と言いつけられて、二拝二拍一拝をしてから初体験をした。御朱印である。

行脚するほど神社を巡る身でもなく、かといって頭を垂れる神社がひとつふたつ無いわけじゃない。訪ねれば僅かなお賽銭は納めるが、未だに御朱印はもらったことがなかった。御神籤を売る所でどちらですか?と訊くとあちらですと指された方に、御朱印と大書された看板があった。すとすとと歩むと、宮司か氏子か男性がみえて、お願いした。慣れた手つきで手づくりの御朱印帳を持ち去った。

IMG_5626

待つこと2分程、巫女さんが奥から衣擦れと共に現れて、吸い取り紙になる墨が遷らない紙を挟んで渡してくれた。御朱印代は明朗会計だった(300円)。なんとなく清々しく、なんとなくあっさり。御朱印ってなんなのだろうと改めて思った。歴史的には写経を納めた受付印と言われる。そうかもしれないが今日、中村さんがやってきてこの御朱印を見て言った。

「神社やお寺は中間管理職だって書いてある本を読みました」

なぬっ中間管理職?(笑)我ら一般ピープルと神様の間を取り持ってくれるそうだ。一般人は神と交わす言葉も作法も知らない。そもそも俗にまみれているからそうする権利もない。だから代わりに願い事を伝えてくれる。伝えましたぞいという受付印が御朱印なのか。我々庶民はいつの時代も王様に直接会えない陳情者なのですね(笑)

でも頂いて感じたのは「感謝の印」である。よろしくお願いします、わかりましたという。「来たぞ」「押したぞ」という単なるスタンプラリーではない。

IMG_4364(1)

これを機会にぼくも御朱印帳を持とうかと思った。和綴じの帳面でもいいのでひとつ作ろう(ぼくらのところで手づくりの御朱印帳のワークショップをやってきたし、来月からキットの販売もする)。ぼくの帳面には御朱印をもらうだけでなく、オリジナリティも出したい。

ひとつは、御朱印帳は蛇腹になっているので、裏面にその神社の印象や地域のことなどをスラスラと筆ぺんで書いておきたい。あの神社は気に入った、巫女さん美人だったとか(^^)

もうひとつは、これは中村さんが閃いたことを少し頂いて考えついたのだが、御朱印帳を誰かと交換してもいい。都会や地方に住む人を、御朱印帳でチェーンメールで結ぶ。御朱印で人と人をつないでみたい。お願いが署名となって神様を動かすかもしれないでしょ(笑)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中