ことばの魔力

ことばには正の力も負の力もある。魔力もあれば浮力もある。文章家の仕事とは、ことばが本来持つそれらの力をいかに削がずに引き出すかにある。

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鳶巣賢一医師の『ドクターの肖像』は先月号だった。肖像に取り上げた医師が、看護師に言葉を送る『看護師へのエール』の入稿は1ヶ月遅れでやってくる。先週それも書き上げた。こちらは7,200字の『肖像』と違って1,200文字、“看護師よ、がんばれ”がテーマなので、気が楽といえば楽である。いや気を抜いて書くと、またやってくるのだ…あれが。「書き直せ〜!」指令(笑)

今回はそうならないように鳶巣氏の“実弾”を込めた。実弾とは氏がかつて書いた「患者との語らい」文である。それを引用させてもらった。これがまた“八海山エピソード”(ドクターの肖像を参照)のように浸みる。それゆえ直しは少量で済みました(^^)。

校正が終わり、氏よりまたメールを頂戴した。文中、そんな時間が取れるか怪しいが、と前置きされながら、ホロリとする一行を頂いた。

今回このような機会をいただいたことを弾みにして何か書くかもしれません。

氏は新聞等に連載もされていた文人でもある。その人の「書きたい魂」をかきたてることができたなら、これ拙文家の本望である。

ことばは人を動かすためにある。動かしてナンボである。ちょうど100年前の医師の著述にもこうある。

ことばの力によって、人は他人を救うことができ、また一転して他人を絶望の淵に追いつめることができる。ことばを通して教師は学生にその知識を与え、ことばを通して弁士は集会の議事を進行させ、その批判と決議をまとめる。ことばは感情に火をつける。ことばは人類を相互に結びつけ、あるいは離反さす手段になっている。(精神分析入門)

「動かす」とは心を動かし、行動をさせるという意味である。真のコトダマ(言霊)はきっとこの世の誰かを救える。ふさぎこんだ誰かを「ええい!」と弾き飛ばし、「どーん!」と肩をドつく力を持っている。ネット上の「ちょっと気の利いた言い回し遊び」なんかとはちがうのだ。

ことばがコトダマとなって人をメラメラさせられるかどうか、結局は技のレベルと心のベクトル次第である。低い技術では伝わらないし、負の方向の文は読まれない。そして両者を上げるものは“人間力”である。まだまだ道は遠い…
PS. シンガーのmimoさんからも過分な感想を頂きました。どうもありがとうございました(^^)

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ことばの魔力」への2件のフィードバック

  1. あれ?!今ファンレターという名の恋文をしたためようとしていた最中に!
    もう伝わっておりましたか!私の揺さぶられた心が!
    泣きましたわ・・・本当に、泣けましたわ・・・
    人を奮い立たせる文章こそ、本物のライターの「ナマの魂」なんですね。
    また良い曲書きたい!と思わせていただきました。
    鳶巣先生もきっと私と同じ感情が、沸き起こってきたのだと、察するに容易いです。
    名文!傑作がまた生まれましたね!
    こんな文章を生み出してくださったことに、感謝しました・・・

  2. mimoさんどうもありがとうございました。確かに鳶巣さんのお話、いいですよね。ぼくは単なる文の巫女さんなので(巫男?)、書くべきものをまとめただけです。読んでくださった方がなにか着火してもらえるといいです。では〜

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