子供の小さな世界を大人は判らない。

地中の中の小さな世界は、地上から見るとちっぽけだ。だから見過ごされる。だが地上でも地中でも、心の闇は、大小を問わず大きな問題なのだ。

川崎の中1殺害事件のニュースで、ある映画のラストシーンを思い出した。『バグズ・ライフ/A Bug’s Life』である。

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アリの島“アント•アイランド”では、毎年バッタに食糧を納めるためにアリたちがヒイヒイ言いながら働いていた。あるアリがせっかく集めた食糧を川に流してしまった。バッタは怒るのだ。アリはびびる。さてどうなったのか…

98年のピクサーの映画、物語はとうに忘れたがそのラストシーンだけはしっかり覚えている。アント•アイランドのある地中から、カメラがぐっと引いてロングショットになる。虫たちの悩みや怒り、戦いや笑いの世界は、実際には一本の木の根元の、小さな地中の世界に過ぎなかったのだ。

子供の世界もまたちっぽけだ。

川崎の川岸で遊んだりイジめたりする子供たちは、ちっぽけな存在である。そんな事より国境紛争やイスラム国や放射能汚染の方が大問題じゃないか。大人はそう見がちだ。

だからなのか、親も警察官も児相も先生も無力だった。中学生の救助信号を受けとめられなかった。

だが友だちはわかってくれた。殺された中学生をなんとか助けようとした。心は社会の大問題を大きく扱い、同級生との葛藤を小さく扱うことはできない。むしろ心の容積が満たされるのは、身近な人間関係のことだ。子供たちは心の容積を占めるそのつらさがわかるからだ。

大人になると、そういう想像力が一番落ちる。

感度が鈍くなるから、歩き携帯して人の邪魔をしても感じない。酒を飲んでくだを巻くのが人生の重要事だと勘違いする。妻につらく当たっても妻がつらいと感じない。「小さな」世界を見る目が消えてしまう。

いや警察官だって(彼らは事件にならないと動かないけれど)、先生も親も近所の人だって、皆心配はしていた。ただ「地中の小さな世界」には、その世界の掟がある。「地上の大きな世界」の解決策が解決にはならないのだ。それがもどかしい。

大人はどうすればいいのか。

せめてアスファルトではなく土の上を歩こう。そこにバグズ•ライフがあることを理解しよう。どんなに小さな世界にも、真剣な、切実な世界があることを想像できるようになろう。

死の後では大した助言ではないけれど…

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