話そう。ゆっくりと…

早口で喋る人より、ゆっくり喋る人の方が好感が持てる。やかましいというよりも(そういう人もいるけれど…)、ゆっくり喋られると、こちらも考えるからだ。

ある本を読んでいると、ほぉと思ったくだりがあった。

年を取った人びとがゆっくりと話し、しかも話を何度となく区切るのに気がついた。これは、彼らの思考スピードが遅くなったためではなく、自分の言っていることについてより深く考えるようになったためだと思いたい。(ケースメソッド実践原理)

これは大学講師の述懐の中での言葉として書かれている。それまで講師は完璧に講義することに心血を注いでいた。資料も完璧なら、エピソードもジョークもあらかじめ用意していた。自分の知識を示す方法ばかり考えていたのだ。

だがそれでは学生には伝わらないことに気づいた。

そこで講師は立ち止まることにした。講義の合間合間に珈琲を啜り、間を持たせたのだ。すると上手くいった。相手に考えさせる間を持たせたからだ。それで講師は、年寄りの緩い語りぶりには意味があると考えた。

ぼくはどうだろう。正直に言えば、言葉が追いつかない時もある。まだもどかしいまでは行っていないと思うけれど…(^^;)早く喋れなくなったなあ…と思うことがある。言い訳ではなくて、もっとフィットする言葉を探して言葉が出ないシーンもママある。相手の言葉を深く知ろうと考えて言葉が出なくなる時だってあるのだ。

やはり年はダテに取るわけじゃない(と言いたい…)。

一方、若い時は喋るために喋るものだ。若さは生き急ぐものだ。間を持たない生き方をしがちだ。思考せずにただ日々を生きる。ぼくもそうだった。仕事仕事ではなく、いったん何もかも止めて、旅に出るとか、海外に留学するとか、駆け落ちするとか、ぼけっとするのも大切である。

語りも生き方も、自分のリズムだけで生きてもつまらないじゃないか。相手のリズムと合うから人生が素晴らしくなるんじゃないか。

年をとる。だんだん人間ができてきて、相手を理解するために喋ろうとするようになる。理解が深まれば深まるほど、言葉が出にくくなる。断片的になる。だがきっと味わい深い単語である。やがて理解し合ったら、もう言葉は要らない。そういう夫婦は心底いいなあと思うのだ。

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