部屋と心の模様替え

今住む家は2部屋ある。南側の日当たりの良い部屋と、北側の日当りの悪い部屋である。南側は広く、北側は狭い。普通の人ならどちらの部屋をメインに使うだろうか?

ぼくは引越以来、北の部屋で執筆も講義資料づくりも、果てや食事までしてきた。日当りの良い部屋では寝るのと体操くらい。普通とあべこべだ。なぜなのだろう…

ひとつは音である。南はクルマ道路でうるさくて、北側は静かだと思った。実際はサッシを閉めればそう変わらない。もうひとつは狭さである。3畳ほどの広さに長さ150cmの机を渡し、キャスター椅子に腰掛け、本に囲まれる。すると動き回るスペースはほぼない。狭さが書斎ぽくてなんだかいい…

ふと思い出した。祖父の書斎である。

祖父の家の応接室の奥にしつらえられた、狭くて薄暗い部屋。天井は屋根の勾配のせいで片方に傾いていた。斜めの圧迫感に押されるようにしゃがんだ。40Wの傘付きの裸電球を灯すと、文机の上や周りに本や紙やインクや万年筆が散らばっていた。ああ!陰鬱礼賛の世界。あの書斎のイメージがぼくの中に生きているのかもしれない。

思うに暮らし方はその人を表す。住まいは間取りといい家具といい頻繁に替えられない分、住まい手がよく表れる。

たとえば引きこもりの部屋には引きこもりの要素が充満している。趣味の見えない家具、空気の澱み、無彩色の呼吸。tさん(女性)の部屋のトイレには“本の塔”があった。平たく積み上げただけだが、本の趣味といい積み上げ方といい、知性ある彼女らしかった。比べてぼくは部屋も使い切ってなければ、個性も薄い。どちらかと言えば引きこもり部屋に近いぞ…。

よし!日光サンサンの春、模様替えしよう。

思い立って古道具屋にゆくとぴったりのベッドを見つけた。北側の部屋を寝室にした。代わりに南側を執筆スペースに変えた。今日からここで書いている。

IMG_5552

暮らし方を変えると、隣室の生活音と自分の生活音が同じになった。お隣と同じになることを自然に受けとめられる自分がいた。それが妙に嬉しかった。以前のぼくにはそんな穏やかさはなかった。人とは違うとアピールすることにどこか汲々としていた。

人は暮らしから作られる。とするなら、暮らしを変えると心も変わる。心の部屋の中の希望や不安、悩みや夢、経験もプライドを、煤払いして置き換えませんか。もうすぐ春ですからね。

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