スマフォがないからスマートに生きれる?

iPhoneを仕事場に忘れた。気づいたのは電車に乗ってすぐなので、引き返そうと思えば引き返せるが…

やめた。1日くらい無くてもええやろ(突然関西弁)。困ること何かあるんか?

Facebook?最近やりませんし…(^^; ブログの投稿もメッセンジャーもMacからできる。LINEもMacからできる。今や定期的にチェックするアプリは天気予報くらいで、地震の“ゆれくるコール”は今のところ三陸沖である。おっと地図アプリは初めての場所は必須だが、今日明日はそんな予定もない。

スマフォがなくて差しあたり困るのは絞ってゆくと次の5つだ。

•電車の中のおしゃべり防御の音楽リスニング
•手持ち無沙汰のニュースチェック
•素早い返信ができない(メールやメッセンジャー)
•電話連絡ができない
•写真撮影ができない

おしゃべりは死んだふりして我慢しよう。ニュースはPCでよか。返信もしばし待たれよ。よって最初の3つは問題が無い。電話連絡は地上電話を持たない身ゆえ困りはするが、電話嫌いのぼくは滅多にかけない。困るのはかける先方である(^^)。実は写真が無いのが一番困る。デジカメはとうに動かない。ブログにも画像が掲載できん。よってNo imageである(^^)。

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予想通りあまり困らん。そう思へば商品とは一体何だろう?

必需品や贅沢品、消費財や産業財、家庭用と個人用…と商品分類はさまざまだが、大切な商品とは「失いたくないもの」であろう。ただ衣食住という生存必須の商品でさえほとんど代替がきく。スマートフォンだって代替はきく。だが中味の画像や個人情報は失くしたくない。代替があまりきかない。

だから「忘れる」「盗まれる」「壊れる」恐怖がある。便利ではあるが、人を不安に陥れる商品である。数百万のクルマは鼻高々だが管理にビクビクする。数千万の家は借金を背負って粛々と働く。比べてたった数万円で人を奴隷にするスマフォとは、実に凄いのである。

スマフォは「喪失不安商品」なのだ。貴重だがbut「煩わしい」。

よしよし。スマフォなんて大したものじゃない。奴隷になって失うものの方がでっかい。たとえば時間や注意力や視力や対話である。それらの方が貴重だろう。スマフォを捨て愛に生きよう。なあんて言いながら、まさか仕事場にちゃんとあるだろうな我がiPhoneと思ふ…(^^;

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