江戸の高齢者

腰痛ってのはつらい。幸いにも3-4日でよくなったけれど…

FullSizeRender(11)
以前cherryさんが腰痛でくたばった時、こんな消しゴムハンコを作って遊んでた。「腰痛って休むほどなの?」と少なからずやれやれと思った。ところが今回我の身に起きたら…こりゃつらいっすね(^^;)

ヨガポールでゴロゴロして背中を伸ばし、ストレッチをしっかり。養生して事なきを得たら、次は頭痛…^^; 昨日から治まらない。知人にもらった湿布薬で少しよくなったけれど眼の奥が痛い。バファリン飲み過ぎでぼんやりでげんこふが書けん…

IMG_5437
ならばと『養生訓』を紐といた。江戸時代の健康指南書である。独自の健康法で80才まで健康だった学者貝原益軒の養生訓話には、飲食、起床、運動、医者選びや医書読書、果てや鍼灸に至るまでの記述がある。あっちこっち飛んで、繰り返しも多い老人の書き物だが、主張は一貫している。心の有り様である。

養生を志す人はいつも心の中に主人がいなくてはならぬ。主人があると、思慮して是非を見分け、怒りを抑え、欲を防いで間違いがない。

主人とは“よりどころ”だろうか。心棒みたいなものかもしれない。さらに心を楽しませることをせよという。

ひとり家にいて静かに日を送り、古人の詩を吟じ、香をたき、古い名筆をうつした折本をもてあそび、山水を眺め、月花を鑑賞し、草木を愛し、四季の移り代わりを楽しみ、酒はほろ酔い加減に飲み、庭の畑にできた野菜を膳にのぼす。

こういう暮らしをできなくした都市開発、欲にまみれた我らを思う。ぼくは案外できているぞ。してないのは香に折本、庭の畑かな。テレビもないし車もない。静かな暮らしをしている。だが肩こりのぼくへのメッセージはないか?と探すと「日に一度は按摩せよ」とある。おお!マッサージ機は…ほしい(笑)

本書をひと言でいえば、養生とは自己決定である。

欲を少なく生きて、暴飲暴食を慎み、ほどよく刺激を求め、妙な健康法や疑わしい健康食品に踊らされない。たった数週間の健康法さえ続けられないのは、心棒がないからだ。自己決定ができないからである。

戦後の日本は国肥えて心身は貧しくなった。チューブにつながれボケる老人が増えた。真の健康法が途絶えた。高齢化社会は、もう一度江戸の豊かさを取り戻す機会にしなければならない。

IMG_5438

そのためにもゴロゴロするぞな…^^;

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中