年をとるのは…

41にして惑わず挑戦するのは偉大なるイチロー、55にしてやっとこさ天命を知ったのはぼくです…(^^;

「人間が成熟していく段階は、40を超えてから。40を超えて現役でいるのは大切なことだと思う」

さすがイチロー、新チームのマイアミ・マーリンズ入団会見でいいことを言ってた。野手ではメジャー最高齢、挑み続ける姿が素晴らしい。彼は41でもたいていの30より若い。いやいや50代に入っても綺麗な人は綺麗なのだ。

ちょうど読み出した江戸時代の健康法の本『養生訓』にもこうある。“人生は50にならないと知恵が開けない。40代までは古今にも疎く、言うことに間違いも多く、行いに悔いを残すことも多い。養生して60、70になれば楽しみが多く益が多い”というのだ。今年55になるぼくも、楽しみと益を高めたいもんだ。

確かに50になると、見えることは増えてくる。

まず「深読み」ができるようになった。サッカー選手ならたくさん走らなくてもボールの来るところがわかるとよくいう。あの感じに近い。ぼくなら人の文の良し悪しがよくわかる。本もわかる。映画も絵も音楽もわかるようになった。何より「人(人生)がわかる」ようになってきた。要するに目線が上に持てるようになった。あの世に近くなったとも言えるけど(笑)

世間的にどんなに愚かでも自分の心に従う勇気が出てきた。良い人として振る舞うことに躊躇しない自分が出てきた。愚かな自分を責めないボケが出てきたとも言えるけど(笑)

肉体的にはキツいこともあるが、イチローの姿勢やモチベーションはわかる。だが現代、年を取ることはマイナス要素である。ほんの100年前までそんなことはなかったのだ。『養生訓』の解説の次の一文を読んで愕然とした。

老人が尊敬されたのは、道徳で敬老を教えただけではない。老人の生活体験が若年の生活に役に立ったからである。うつりかわりの激しい現代は、老人の生活体験をほとんど無価値にしている。

「おじいちゃん、古い!」と孫に言われるのは、戦後フツーなったのだ。それ以前は代々伝えること、伝承すべきことがたくさんあった。すべて無価値になった。新しいことだけに価値があり、何でもネットに訊く現代、老人は追い込まれている。だから孤独になってボケてゆく。50年後、スマフォやSNSのことを知っていたって、それこそ無価値だと思うのだが…

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1本10才で〆て50才!(^^)

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