初物の神秘

初物といえば季節で初めて頂く野菜や果物のことだが、それだけではない。初物には神秘がつきまとう。

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これは神秘のカケラもない「いか大根」。なんのことはない、ぼく自身が初料理なだけだ(^^)味はどーかなあ…。おっとそうじゃなくて、ぼくがふと気づいたことを語りたい。

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毎朝なぜかバナナのバカナ写真を撮る。それも数枚撮る。一枚残してアップする。たいていは「一枚目」なのだ。アングルを変えて撮っても同じ。むしろアングルを変えて撮るからかもしれない。一枚目が一番いい。そういうことありませんか?

文を書く上でもある。うーんうーんと唸り声を上げて、最初に書いた1行をあれこれ変えてみる。だけどやっぱり最初のがいい。最初のが消えたら困るから、ぼくは段落ごとコピーしておいて書き直すクセがある。

たぶん音楽のスタジオ録音や、映画のシーンテイクもそうだと思う。何度かやって「やっぱり最初のでいこう」となるのではないか。

初物の大物は初恋である。つまりひと目惚れである。それを信じるしかない。最初の切り傷が一番深いのだ。ただその初恋は17才とは限らない。何才でも網膜を突き破り、心臓を真っ二つの石榴にするのが初恋である。股間にくるものは欲惚れである。この二つを混同するとろくな事がない。

初者の魔法とでもいおうか。恋を重ねるほど初恋の人を思い出す。つまり直感に従えというわけだ。だが直感に従うとなぜ人は満足するのだろうか?

にわかにわからないが、たとえば「ぼくはこう思う」と言って「それは間違っているよ」と弁論達者な者に議論で負かされても、しっくりこないことがある。「それでもさ…」と思う。それと似た心の回路があるのかもしれない。

誰かが初物を科学して解き明かしてほしい。商品陳列や見せかた、アピールの仕方、コピーライティング、ポスターやデザインなど、儲かるかもしれない。

好きにやっておくれ。ぼくはミスティークのままでいい。初物には魔法がある。すべてがある。自分のほんとうの好み、従うべき運命がある。初恋が本物ならば、時が経つにつれてもっと好きになってゆく。直感に従えるかどうか試されているのだ。

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美味しかった…(^^

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