瞬間

だれにも大切な瞬間がある。人生でオンリーそれだけの瞬間がある。

たとえば…

風を切って走った時。素晴らしい夕陽に目を奪われた時。母に抱きしめられた時。嫌っていた我が子を始めて愛おしいと思えた時。ヘンテコなアートに目をみはった時。聞いたことのないヒット曲を聴いて涙を流した時。美味しいものをたいらげた時。

IMG_5163

どんなことでもいい。自分の中で、何かが大きく変わった瞬間があるだろう。それに身を委ねて、仕事なり暮らしなり心なりを、大きく舵を切ったことがありませんか。

ぼくにはある。それは戸口からやってきた。その瞬間、心は瞬間湯沸かし器になって、ボーっと燃えて、あるものが見えた。遂に来たぞ。見えたぞ決めたぞ。そっちに向かおう。だが歩いてみると奥は深かった。一瞬はほんの戸口だった。

衝撃を受けた時に人は「一瞬 but 永遠」と感じる。その衝撃が長く深くずっと続くだろうと信じて、神様、一瞬を下さってありがとうと言う。

だが一瞬という瞬間メモリーはFIFOである。First In First Out、先に入ったものから先に出てゆく。その時に熱くても次の瞬間に冷却するかも。強風が吹いて風化するかも。瞬間を瞬間保存できればいいんだがなかなか。あるいは数歩奥まで行ってみると、瞬間の持つ意味が変形するとか。瞬間のもつ意味というか、大変さというか、重さや切実さに打たれて、スゴスゴ引き返そうかと思うかもしれない。

つまり、大切な瞬間をほんとうに自分のものにするのは、瞬間にはできないのだ。

1年いや2年いや3年かかるかもしれない。瞬間をフレッシュに保持する努力も必要である。瞬間から歩きだすには試練を覚悟する必要がある。自分の中の気持ちでさえそれなのだから、まして誰かとその瞬間を共有できるようになるまでには、時間もかかるし、七転び八起きがあるんだろうなあ。

などと思っていた。まあぼくのことなんかどうでもよい。読んでくれた人は、めいめい自分の「あの瞬間」を当てはめて考えてほしい。それをどうしたか、どう活かしたか、どう殺したか。まだ瞬間が続いているのか、消えたのか。

ぼくは戸口を引き返そうかとも思った。but 踏み止まってアタックし続けてみたい。ところが先は暗くて見通せないし、引き返すにも足元がおぼつかない。前に進むために松明(たいまつ)が欲しい。小さな蝋燭の焔を灯したい。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中