王道と巨木

元旦の夜は寝付かれなかった。

理由のひとつはしもやけだ。足の指先が痛い…モコモコ温かくしているんだけど。でもほんとうの理由はちがう。

正月早々、文の創作のことを考えていた。元旦の七福神ツアーは取材だった。七福神を挿話にする。そのために土地の雰囲気をつかんでおきたい。写真を撮り、スタンプ押して、あれこれ考えながら歩いた。就寝してからも登場人物やその言葉を考えて眠れなくなった。

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何時かわからないがふと目覚めた。ノートを机に取りに行ってメモにこう書いた。「君のことを書いてなにが悪い」意味不明だが(笑)それでいいのだ。

挿話もひとつふたつ発想できた。名づけたものの名前を変えた。微笑ましい登場人物(カップル)もやって来た。エンディングが見えた。ようやく眠れた。

おかげで寝坊して、ゆっくり掃除してから後半の構成を見直した。これで10回目くらい。お昼過ぎまでぎゅっとやってヘトヘトになった。お餅を食べた。

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その後も、ウエルシアの買い物の前後に書いた。ひとつ書くとそこからまたひとつ生まれる。それがフィクションを書く楽しさ。締め切りのない仕事なのに自分なりに盛り上がっている。ありがたい。今日は同志も二人いる。両方とも音楽の友である。ひとりは歌の楽譜を仕上げているようだ。もう一人は勝手に同志だと思った有名人である。

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新垣隆さん。ベートーベンのゴーストライターである。暮れにゴールデンボンバーと共演したかと思えば、サックス奏者と新譜を発売だって!藤本優子さんのアップデートで教えてもらった。これがなかなかいい。

正直、風采の上がらない男と思っていたら、ちがった。奇をてらうことなく、自然体で生きる自信のある人だった。桐朋学園大学の作曲講師としても良い先生だったんだろうな。発覚後、きっぱり辞めたのは禊(みそぎ)だった。

彼は虚偽に加担したけれど、自分の中に音楽という王道を持っていた。作曲という巨木を持っていた。だから地に落ちても、陽があたる日を待ち続けられた。それに応えられるものを持っていた。

ぼくの文の道は彼の王道に比べたら側道である。物語構想力は小枝である。でも死ぬまで営々と歩んで太くしたい。今年はぼくもまず禊。そこからきっぱりしてゆきたい。

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