まぶたよありがとう。

まぶたをずっと閉じていたい
それを見ないですむから
受けとめずにすむから
ずっと夢の中でいられるから

まぶたをテーマに詩を一編書いた。全体は10節で、これは最初の1節の4行である。「それ」は現実であり、悲しみであり、別れである。情感があふれる詩になった(なんちゃって)。未完なので全文は内緒です(^^*)いずれ何かの文に入れこんで発表して、曲をつけて歌にしてくれる人を募ってみたい。

まぶたはおさえられない溢れる涙をおさえる。泣きはらした目がさらすのを防ぐためでもある。

泣きはらした球体を
まぶたできゅっとラップしよう
真っ赤になった球体を
まぶたで優しく拭ってやろう

悲しいときだけでなく、幸せのときもまぶたは優しい。キスをするときに目を閉じるのはなぜだろうか。人はこんな理由を言う。

恥ずかしいから。それがロマンチックだから。相手に唇を委ねられるほど信じているから。どれもわかるけれど、ぼくはちょっとちがう理由だと思う。

それは見なくていいものを見ないですむからだ。

まぶたを閉じてくちづけしよう 
さようなら ひとりぼっち
まぶたを開けてくちづけしよう
こんにちは ひとりぼっち

小じわとかほうれい線とか毛穴じゃない(^^)。キスの向こうに愛する人との関係が始まって、孤独が終わると信じたい。だがキスの向こうから始まる、さらに深い孤独の始まりがあるかもしれない。それは見たくないものだ。まぶたを閉じるからこそ、人は人を愛せるのかもしれない。だからまぶたを閉じてキスをするのかもしれない。

では、まぶたのない魚は、どうやって見たくないものを見ずにいられるのか

まぶたがないから、敵も味方も、浅海の明るさも深海の暗さも、自分が食べられる瞬間も、すべて見えてしまう。魚は勇気があるのだろうな。魚に比べればぼくは意気地なしだ。布団の中でじっと目をとじて暮らしていたいと思うんだから。

ぼくらもまぶたをあけて進もう。生きてるかぎり。

永遠にまぶたを閉じる前に、

まぶたをあけて道を見よう
まぶたを干して軽くなろう
まぶたをたたんで空を見よう
まぶたをひさしに光を浴びよう

まぶたよ、ありがとう。涙を隠してくれて、愛をくださって。

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