郷節を!

八百万の神々は、木にも草にも山にも谷にも宿る。ぼくの文の神様は、紙に宿る(^^)

IMG_4931

年末恒例の手製本ノートを作った。一年の文の仕事を振り返り、反省&来年への誓いを立てるためである。作ったのは野帳サイズのメモ帳と取材ノート。どちらも本文用紙、表紙ボール紙から手切り、手貼りである。

作りながら思い出したのは、ウエッジの月刊誌『ひととき』の吉永みち子氏の連載『この熱き人々』である。2014年10月号は奥田政行さん (「アル・ケッチァーノ」オーナーシェフ)の話を読んだ。中身は良かったが、文体は普通のインタビュー、つまり“彼はこう言った、それはこういうことであり、こういうことなのだろう”…という、よくある形式である。

それは「神の目で書く」という書き方である。上から神のように眺めて、何があったのか、足取りをたどって知ろう、という興味の引き方で書く。これに限らず、ほとんどのインタビューや“私の履歴書”的な文は、神目線で書かれる。ぼくはちがう。

「民の目で書く」

地上に生きる民の目で見て、登場人物に寄り添うように書きたい。連載する『ドクターの肖像』では、インタビューであることをなるべく意識させず、読者に疑似体験をしてもらいたい。特にクライマックスでは、主人公と追体験ができるように描きこんでいる。技術的には内緒(笑)。

だが昨年の終わり編集者が交代した。その人は“神の目”を押してきた。ドラマチックをばっさり削がれ、ト書きばかりになった。そんな台本で役者は演じられない。平板な舞台が続いた。これならぼくが書く必要はない。実際に干されかけた。だが文に命を捧げるなら…

「白黒つけよう」

経緯は詳しく書かないが、結果として編集者が交代し、元の人になった。再任の編集長はこう言った。

「郷節を書いてください!」

おお!神様はいるんだ。ぼくは地に降りて舞台描写をした。民の目で舞台を描くと、インタビューした医師が泣いてくれた。編集者も喜んでくれた。雑誌の注文もいっぱいくれた(^^)。

その郷節とはどんなのか…内側はドロドロ…(笑)。孤独で、独りよがりで、劣等感いっぱい。人生は紆余曲折、七転八倒、暗雲低迷である。愛されず、もがき、苦悩して、だが希望は持ち続けるーそんな魂の救済を書きたい。結局…

「愛だろ、愛」

ぼくの書くべき主題は愛しかない。書くことを愛し抜き、愛する人を愛し抜きたい。それが来年への誓いである。何度書き直そうと、愛に破れようとも、書き終えるまで生き抜く。それができたらグッドバイしよう。

IMG_4934

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中