表現者は屈することなかれ。

独裁国家の北朝鮮がSONYピクチャーズをサイバー攻撃した。2014年12月25日公開予定(だった)映画『インタビュー』への報復だとか。

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この映画は北朝鮮の金正恩第1書記を描いたコメディ。映画のどこかのシーンが独裁者の逆鱗に触れたらしい。いやそのものかな。結局SONYピクチャーズは映画の公開を中止したが、その決断の前にもSONY本社の社長は、映画を検閲してカットした。

思ふのは『独裁者』をつくったチャップリンの偉大さである。

ヒトラーを風刺した名画は、独裁者の変態ぶりをたっぷり演じて笑わしてくれた。ナチスの全盛期に撮影され、1940年に公開された。しかも喜劇役者は製作に私費を投じていた。なんと気骨あふれる男だったか。

比べるとSONYは言論の自由を放棄し、バンザイした。しかも映画は駄作だというし…(^^;)

世界には独裁的かつ狂信的な勢力がいる。パキスタンで学校が襲撃され、先生が焼かれて、生徒が撃ち殺された。シドニーでは人質事件があった。次はどこだ?彼らに屈して油を注いではならない。

だが殺人に殺人をもって挑むのは次の悲劇を招くだけ。あくまで戦争ではなく、人間同士、国同士のルールで裁いてほしい。それが国際機関や政治家の仕事である。

だからこそ表現者は表現で戦いたい。

Dooheartbreaker
ローリング•ストーンズの1973年の曲『Doo Doo Doo Doo Doo』。元のタイトルは『Heartbreaker』である。ハートブレイカーといっても、恋で壊れる心のことじゃない。それはぼくだ。実はずっとそういう意味だと思っていた(笑)でもちがう。ハートブレイカーとは警官である。ニューヨーク市警の警官が犯人と間違えて、44口径マグナムで無実の少年の心臓を撃ち抜いた。実話を歌にしたのだ。

Doo Doo Doo Doo Dooは弾丸の音である。最近、米国では抵抗しない黒人たちが警官に撃ち殺されている。差別や偏見は終わっていない。

映画もロックンロールもポップスも演歌も、単なる芸能になりさがってはつまらない。心の響きや叫び、自由への抵抗も描き続けないとならない。相手は殺人とは限らない。いじめ、虐待、差別、不正…。笑顔がない地に笑顔を広めるのも戦いである。

表現者それぞれ戦い方は自由。ただしひとつ大事なことがある。それはー

屈することなかれ。

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