もりおかのやま

日帰りで盛岡へ。ファースト盛岡。ある思いもあって町をブラブラしてみた。

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寒さにもマケズ元気に駅を背にすると、北上川にかかる“開運橋”がある。越えると繁華街の入口である。商店街は宝くじ売場には人が群がるが、観光客もいなければ外人も見かけない。“先月の水泳大会の時はいっぱいでしたが…”とタクシー運転手が言っていたが、大会がなければ寒冷な30万人都市。ぼくの住む市よりもずっと少ない。だが休日でも人ごみがないとほっとする。それに人なつこい感じの人が多かった。

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しかし…大通りを外れるとシャッター店舗がちらほら。案の定の光景だ。清水建設の前にはワケのわからない彫刻もある。どうやら“彫刻の町”を売った時代の遺物らしい。こういうのはテーマがシンプルじゃないと長続きしない。

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石川啄木の新婚の家に着く。観光スポットには数人の先客がある。

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啄木の 新居にあがり 身を屈め 鴨居をくぐり じっと足見る(松尾バナナ詠む)

啄木といえば貧乏で結核で27で死んだ歌人だ。握りしめた命砂がこぼれ落ちる人生だった。親しみがわく。最後の原稿料は結核の薬代に消えたという。遂に探せなかったが大通りにこの句碑があったはずだ。

新しき明日の来るを信ずるといふ 自分の言葉に 噓はなけれど(石川啄木)

新しき薬袋に明日はなかった。時空を越えて合掌。

さてぼくは、石川啄木の業績に触れるために盛岡に行ったわけじゃない。「今どこ?」と娘からメッセージが入った。「トイレ」「早く来て!撮影に間に合わない!」

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「なぬ…!」と急いでパンツを履き、タクって山の上のホテルへ。集合写真撮影1分前に滑り込みですみませーん。嫁いだ娘がどんなところに住んでいるのか、少しは知っておくべきかと思いまして。これ言い訳です。しかしベール越しの娘はこんな顔してたっけ…とびっくりするほど綺麗じゃねえか。画像は後ろ姿で…(-^^-)。

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この娘は次女&末っ子らしく、のほほんと生きてきた。勉強するでもなく、苦労して受験するでもなく、就職戦線で戦わずスタスタ嫁いだ。ヒマなら資格取得せよと言っても資料請求するだけ。打ち解けず反抗もして母を嘆かせたこともあった。長女と真逆だ。

新しき明日の来るを信ずるという 親の言葉に 嘘はなけれど(松尾バナナ)

と、啄木の歌をモジリアーノ。ところが母性を得ると変わった。優しい言葉を出し、気遣いもできるようになり、節約もする(笑)。啄木の倍も生きたぼくより余程しっかり者になった。それが一番ありがたい。

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おすそ分けのケーキも頂き、最後に一句。

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もりおかの山に上りて 言ふことなし もりおかの山は あたたかきかな(松尾バナナ)

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