までいな人が増えてほしい。

福島県飯舘村を支援するイベント『までいな時』は終わっても、支援はまだ終わっちゃいけない…と思いつつ温度差も感じた日でした。

IMG_4271
スローライフの飯舘村、“あの日からの暮らしの変化”を描いた絵本『がんばっぺ までいな村』の朗読会とお話会、飯舘村から菅野允子さんと菅野典雄村長を迎えて開催。小さなギャラリーの小さなイベントにどうもありがとうございました。ご参加者の皆様もどうもありがとうございました。

IMG_4285
TBSの報道部も来てくださり、今日の夕方の『報道特集』で放映してくれた。Good編集、画像そしてメッセージ、ありがとうございました。

IMG_4275
菅野允子さんの朗読では、おばあちゃんが野菜を作るという最後のくだりがホロリとしました。飯舘の豊かな暮らしが忍ばれました。夫人から頂いた“凍み餅”を参加者が焼いて下さった。おぼつかない作業、助かった!(笑)

IMG_4277
までいに(ていねいに)作ると水に浸すのが1−2時間で済む、そうでないと7時間かかる。ふーんですね。黄な粉も砂糖醤油も旨かった。

IMG_4279
菅野村長は飯舘村のあの日々と今、そして未来を語ってくれた。「極論に酔うことなく、受け容れながらも、未来を変えるために前に進もう」そんなメッセージだと思った。お話の中で<分断>という言葉が重かった。

災害は人を結束させるが、放射能は人を分断した

原発事故の後、飯舘村では村民をできるだけ近くにひとつに避難させようとした。だが帰村するかしないかもちがえば、帰村時期もちがう、賠償金もちがう、年寄りと子供で意識もちがう、夫と妻で考え方もちがう、原発離婚も相次いだ…

いや日本の他の地域でも、人を分断している。

原発に賛成反対はさておき、3年経って支援の意識は薄れた。あの時「経済的な幸せよりも心の幸せ」と思った人も今はアベノミクスかしら。このイベントでも電子的なPR(掲示板やFacebook)では集客は空しかった。リアルだけだった。

村長は近代日本の転機を「第一は明治維新、武士が消えた。第二は第二次世界大戦、軍人が消えた。そして第三は東日本大震災、誰が消えるのか?」と語った。

IMG_4287

高成長•合理主義から脱成長に向かって、今1度でも舵を切れれば、将来の変化値は大きい。何度でもやり直せる。

ぼくは思う。第三の転機で誰も消えなくていいから、までいな人が増えてほしい。凍み餅を作るように丁寧な暮らしをする人が増えてほしい。

IMG_4299
今日のイベント模様をFacebookのアルバムにアップしました。いずれお話をテープ起こしできればと思っています。

IMG_4265

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中