情報はどこに宿る?

目は口ほどにモノを言い、手首も指先ほどモノを言う?

判じ物のような書き出しですみません。藤村厚夫さんのFacebookのアップデートで読んだのが『手首こそ理想的な場所』by shiroさん(藤シローの複眼ウォッチング)。今度発売する「手首に巻くコンピュータ」『Apple Watch』について、
Appleの製品デザイナーJony Ive/ジョナサン•アイブが最近語ったところによれば…

「手首こそ理想的な場所です」

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手首は情報化が向いているという。うーん…そうかなあ。藤村さんのアップデートにも「情報を「指先に」といったのはビルゲイツでしたっけ?」(J氏)「ゲイツ氏でしたね」(藤村氏)という会話もあって、なるほどですよね。みんなキーボードを使ってきた。iPad以来、指で情報をこちょこちょしだした。指先には確かに情報が宿る。

だが手首はどうなのか?“手首に情報が宿る”のだろうか?

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そこには時計という大先輩がいて、時を刻み腕を飾り地位を示してきた。ブレスレットや魔除けストーンもある。習慣が確立された中にApple Watchが割って入るのはたいへんである。マウスってのもある。指と手の平全体で情報をつかみにかかる。それは自然な感じがする。

身体にはもっと他にも情報発信源と情報蓄積場がたくさんある。

まずは目口鼻耳。口で噓をつけても目は噓をつけぬ。いやんと耳をふさいでも裁きは受ける。たとえ鼻炎でも鼻はなくては困る。Googleは眼鏡で目の情報化を画策するが、単なる映像投影眼鏡じゃないか。大したもんじゃない。

人の情報はもっと深遠なるものだ。おへそからの栄養で母に生かされ、おっぱいの温かさで成長し、肌と肌を合わせて愛を知る。生を得て、生を育み、性を知る(^^*)これらDNAこそ情報ではないだろうか。

母の愛、大切な人の愛の情報に比べれば、手首も指先も薄っぺらい情報の入手元であり発信元じゃないか。すぐに忘れるニュース、煽動やうわさ、まことしやかな噓、上っ面の挨拶。問題も発生する。顔の見えない相手への罵詈雑言といい炎上といい。指先ばかりに頼ってはいけない。いわんや手首には。ぼくはこう言いたい。

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“鉛筆ダコ”に情報が宿る」と。心と心を合わせるは手書きである。手書きの手紙、手書きの提案書、手書きの絵。鉛筆ダコをもっと成長させたい。

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