モーニングバナナ。

秋になって昆虫系の黒光りのするゾワゾワには出会わなくなった。だが…廊下に誰かいない?

今住む家の廊下はわずか2.5mほど。なんなく気配を感じる時がある。cherryさんにいうと「ばかじゃない」という顔をされる。

「じゃあどうして幽霊はその時代の着るものを着ているの?四谷怪談のお岩は着物を着て、どうして貞子は現代の服を着ているの?おかしくない?」

その時代の人の想像の産物だからだと。確かに…。さらに、

「どうして人間がいっぱい殺した牛や豚や鳥は出ないの?」

うーむ…だが昨夜もゾワゾワした。気が小さいのでお守りをつけて寝ると夢をみた。幽霊がラジオをつくる。たぶん昨日秋葉原のラジオ会館をほっつき歩いたせいだ。明け方レム睡眠中のこの夢は短篇物語のアイデアになった。ちょっと面白そうなあらすじが浮かんできた。寝床でメモを書き留めた。怪我の功名というか、恐怖の代償ですね(^^*)

しかも今朝は、もう一つアイデアが偶然生まれた。我が輩の毎朝の日課、バナナ撮影である。

朝、バナナを撮るのはエッチだからではない。発想トレーニング、毎朝の鍛錬なのである。今朝は結露がひどかったので窓を拭こうとした。その時、ガラスの向こうに露にぼんやりした朝日が見えた。閃いた!で、パチリ。

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ところがその数分後、壁を見ると真っ赤なバナナが映ってる。結露したガラスに朝日があたって壁に映したバナナ。こりゃ凄い!とまたパチリ。

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怪我の功名、いやバナナからの贈り物ですね。

ここにアイデアがどうやって生まれるか示唆がある。幽霊と結露からのアイデアというのは、実に興味深い。

アイデアと言うが、しょせん昔から何度も繰り返されてきたものだ。要はそれに「気づけるかどうか」。気づくためには雑念が無い状態がいい。幽霊の恐怖ばかりか、<疲弊><悲嘆><締め切り>などは心を締めつけて心の真空をつくる。遮るものがなくなるからアイデアがやってくる

もうひとつは「違う面から見えるかどうか」。別の利用、別の分野に持ち込むからアイデアになる。結露バナナは朝日でガラスごしに逆転した。それが美しかった。物事を逆から見れることはアイデアを生む武器である。

いやもうひとつあった。「枯れないこと」。良い仕事をしよう、良い表現をつくろう、幾つになっても愛しあおう…つまり生きることに諦めない。つまり「モーニングバナナ。」

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あ、黄色くなっちゃった…(^^;)

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