大人の教科書

2週間ほど前の講義で『ランドセル』をテーマにした。ランドセルのウラにある日本文化や消費者、ビジネスが主題だった。しかしまあ、ランドセルって良くできてますよね。

知人と「縫製もしっかりしているし」「留め具もアイデアあるし」「6年使ってもへたれない」なんてランドセルの話をしていたら、ふと、その中にいれる教科書に思いを馳せた。

小学校から大学まで、ぼくらはみんな教科書で学ぶ。社会人になっても資格取得や更新を教科書で学ぶ。仕事のやり方がわからない時、良くしたい時、タイトルに教科書とは書いてない本も含め、いろんな教科書で学ぶ。

教科書はありがたい、されど恨めしい。子供ならいざ知らず、大人は教科書通りにやっていっぱしになることはないからだ。かえって災いになることもある。

どんな公的資格でも技能でも教科書を覚えないとならないが、弁護士や会計士、建築士といった職業が確立された「一流資格」は別にして、覚えてもどうにもならないことも多い。某編集者は“編集の学校”なるもので勉強したらしいが、それがゆえにか教科書的な編集スタイルを貫いていた。そんなもん誰も読まんですたい。教科書=コーチの言うとおり練習しても一流のプロ野球選手にはなれんぞな。中小企業診断士の資格を取った時、ある人が言った。「これからは診断士試験を忘れないといけませんね」けだし名言ですわ。

教科書くさいものを誰が好むもんか。教科書で仕事になるもんか。

結局、良い仕事とは自己表現である。自由業はもとより、会社の歯車であればあるほど個性が無いと抜きん出ない。そこで教科書はかくあるべしを3点。

1、自分の個性を知らせてくれる。
教科書選びは自分の確認作業。「オレはこの道にゆくのだ」

2、自分の生きる道を照らしてくれる。
ひもとくたびに「待てよ、今のオレでいいんだろうか」

3、アウトプットせよとせまってくる。
背を眺めるたびに「アウトプットせよ」社会人はインプットだけではダメ。

とまあ理屈を書いてはみたが、ジャンルや世評を問わず座右の銘にできる書が、大人の教科書である。ぼくのは誰にも参考にはならんがぴょこんと挙げておく。

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あなたらしいから人は振り向いてくれる。仕事ぶりでも創作や表現でもそれは変わらない。世の教科書を捨てて「自分の教科書棚」をつくるべし。

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