クルマはAnnoying(煩わしい)

数日ぶりに朝日がきれいだった。意気揚々とゴミ出しして、文章修行をして、通勤外れの時刻の電車に乗った。

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車窓から駐車場が見えた。数台のクルマが停まっていた。ふと昨夜の講義の話とつながった。クルマを持つことはAnnoying、すなわち煩わしい。

昨夜のASEAN留学生就活教養&リーダー養成講座、テーマは「クルマ」。エコ車の代表であるハイブリッド車がメインだったが、ほんとうに考えてほしかったのは「今、若者にクルマが売れないのはなぜなのか?」である。

まだクルマは夢なのか:ステータスや自由や人生の成功なのか?それとも現実を見るのか:便利ならレンタカーでいい、エコな方がいい…

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今回初の試みとして「グループディスカッション」をした。二手に分かれて丁々発止、討議をしてもらおうという狙いだが…

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むつかしいぃ!(^^;)。司会(ぼく)のリードや切り込みが足りなくて意見交換レベルでしたね。それでも個性が出てた。ぼくはふたつの意見が気になった。エコ派の男性がこう言った。

「クルマを持つのは嫌いです。いろんなことがある。買ったら(減価で)半額になる。駐車場も保険もいる。掃除もしなきゃいけない。私の国(マレーシア)では渋滞がひどい。モールで駐車スペースを見つけるのに1時間かかる」

同感。英語で言えばAnnoying、煩わしい。加えて「ぼくは運転すると性格が変わる」せっかちなのにさらにイライラ。罵詈雑言を言う。そんな自分が嫌いだ。

もう一人、夢派の女性が言った。

「クルマってたくさん走っている。みんな乗っている。もう十分」

資源の枯渇、渋滞、所有コストだけじゃない。交通事故、欠陥車、老人の運転などたくさん問題がある。クルマに夢を持ちたい若者達も、実は環境や社会問題に敏感なのだ。若者はお金が無いから乗らない(だけ)ではなく、社会問題からクルマを敬遠している。

ぼくはこう思う。歩ける範囲で暮らせばいい。ぼくは歩いてスーパーとドラッグストア、衣料品店とパン屋へゆく。繁華街には勤め帰りに寄る。都会にクルマは入らない。田舎だって昔は皆歩いていた。田舎で都会の便利さを求め過ぎるのが問題なのだ。

美しい朝日を保つためにも、ぼくらはもうちょっと自分の生活半径で満足すべきだ。それがいろんな社会問題の処方せんである。

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