みんな個性的!

個性的であれ。堂々と、恥ずかしがらずに。

今夜のASEAN留学生就活教養&リーダー養成講座、新学期の始まり。新顔も3人ほどいらしてありがたい。リフレッシュする意味を込めて、今回の事例テーマは『ランドセル』

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ランドセルは日本発のユニークな商品。元は明治期の軍隊の背嚢(リュック)からの着想で、時の首相が大正天皇の入学祝いに作った一品が原型となり、今のランドセルになっていった。

しかし…どれも同じで没個性だ。イオンの24色ランドセルにせよ、結局形は同じ。ランドセルには日本の消費市場、そして人間性を表す特徴がある。

ひとつは「市場はお上がつくる」それが日本のマーケット。自動車、建物、電気製品、遊具、介護用品…何を見てもお役所が関わっている。金融機関やデパートでは“グループ化”という企業づくりもしてきた。民間は主体性が低い。もうひとつは「出る杭を打つ」横並び意識である。

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講義はそんな内容だった。しかし…ランドセルには哀しい思い出がある。ぼくのは兄のお古だったのだ。裕福な家庭ではなかったのでお古で通いだした。他の子はみんなピカピカである。彼らに背を向けて歩きたくなかった…

ぼくだけでなく、みんなにも小学校時代の思い出を語ってもらった。これがおもしろかった。つらつら書いてゆこう。

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赤い自転車を買ってもらった。
初恋の相手に紙で折った星を1,000個贈った。恥ずかしくて告白しなかった。
プラスティックのカラフルな計算棒を買ってもらいたかった。
服はお古ばかりで9月(入学)と2月(正月)しか着飾れなかった。
暴れん坊で孤独だった。
万年筆(ベトナムでは2年生から書き方のため万年筆を使う)の瓶を鞄の中でこぼして、真っ黒にしてしまった。
海員の父のたまの帰宅時、父よりお土産が嬉しかった。しかし家族が離れては良くないので転職した。給料が下がったが絆は深まった。
お菓子を買う余裕が無かったが、道ばたのサトウキビが甘かった。
自転車に乗って川にどっぽり落ちた。
クラスで自分だけの自慢の水筒をもっていた。
デング熱で1週間入院したがベッドの食事が楽しかった。
父母と離れて住んだが、祖母と野菜売りをする時、代金をもらう係だった。楽しかった。
誕生日会で呼んだ友だちと喧嘩して、田んぼに突き落とした(女)
通った学校名がマレー語で「Sek Ren(小学校の意味)Perumpuan Chua Hwa(中華の意味)」で、真ん中は「女学校」という意味だった(男子である…戦後に男女共学になった)

そして今夜一番の思い出はこれ。

24色や36色入り色鉛筆セットを買って欲しかったが、貧しくて3色のしか買ってもらえかなった。だが父は言った。「三原色さえあればどんな色でも作れる」

みんなみんな個性的である。きっと日本人の子供もそうなのだ。

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