猫道

今日は父と母の法要があった。埋葬された雑司ヶ谷にある寺を訪ねた前後、目白から鬼子母神、南池袋をあちこち歩いた。一応創作上の取材をかねている。

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雑司ヶ谷は猫道の町である。曲がりくねった、両手を開いて届くような路地がまだいっぱいある。防災上の理由で道が拡幅されるとつまらない家並みばかりになるが、ここも都電の線路エリアを中心にそうなりつつある。まだ残っている路地は貴重だ。都会ではあるがぼくには古里なのでホッとする。

猫道と表するだけに、少し歩くだけで三匹見かけた。うち一匹。

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法要は父の十三回忌、母の三回忌の「合同」である。合同という表現が適切かわからないのは、用語の適切/不適切だけでなく、二人一緒にやるのが二人にとって幸せかどうかという意味もある。

あんまり仲がよくなかったからな。

母は経済的な心配が少なかったこと(ただお金が落ちてないかキョロキョロしながら歩いた時代があったと言っていた)、好きなことをさせてもらったこと(犬のブリーダーやトリマー)はよかったと言っていた。

父の仕事は電力会社で橋梁とダムを設計することだった。地方現場への出向が長く家にはあまりいなかった。趣味は読書と競馬にパチンコ。定年後の花趣味は蘭を枯らせて終わった。釣り好きだったが、釣果をさばくのを母に嫌がられたせいか、やめた。料理はまるでできなかった。

老年になり就寝時間がますますスレ違い(母は遅く、父は早く起床)、テレビ番組はバラエティVS野球かNHK。寡黙でアウンの昭和ヒトケタ(父)と江戸っ子できっぱりしていた昭和ヒトケタ(母)。どんな会話がどれほどあったのだろうか。

父が死んでからの10年と、死ぬ前の45年と、どちらが母には幸せだったのだろうか。母はほっと息を吐いたせいか、肺がんの手術の果てに死んだ。石の下でも会話がなさそうだなと思いながら、寺を後にする。

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猫道をゆくと、ある家の壁に穴があけられていた。猫穴だろうか。猫なら壁を飛んで外に出れると言う?いやけっこう高い塀だし、猫だって年をとれば飛べない。穴なら時に出てゆける。そういうことも時には必要だろう。

よく歩いたせいかお腹が痛くなった。帰宅して大の字になった。悪口を言われたと思った父と母が怒ったのだろうか。わからんけれど、確かなのは自分の夫婦業を反省し、もう失敗はしないと誓ったことだ。

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