日本に学ぶな。地球のために…

さて昨日の続きで、オンリーワンの人工呼吸器メーカー、メトラン社の社長、フックさんのお話しから思ったことを書きたい。

写真 1(25)

1970年代半ばに医療機械の会社に入社する前に、フックさんがやりたかったことは「洗剤メーカーを創る」だった。どうしてだろうか?

それは「日本に学ぶな」という思い。

反日ということではない。当時の日本には社会問題が山積していたのだ。

交通戦争があった。頭部外傷で救急搬送されては死んでいった。夏場は毎日のように光化学スモッグ警報が出されていた。子供達は目や喉の痛みを訴えた。河川はどこも汚染されていた。イタイイタイ病もあれば、家庭からの汚染源もあった。バクテリアで分解できない化学合成洗剤。下水道整備の遅れとあいまって洗剤による汚染は深刻だった。

「日本の急ぎ足をベトナムはまねしてはいけない。オレは河川が汚れない、椰子を主原料とする自然な洗剤をつくろう」

それがフックさんの願いだった。当時の日本は工業化と都市化が急ピッチで進められ、列島改造に皆がいそしんだ。急ぐあまりに置き去りにしたものがあった。そのうちのひとつが河川の汚染。だがちょうど第一次石油ショックが発生し、起業どころでなくなった。就職先もない。フック学生はやむなく進路変更をした。

思ったことが3つある。

ひとつは「社会の流れを見る」「産業を見る」「ビジネスを見る」というステップを踏む思考プロセスが、フック社長には若い頃からあった。起業したければこの目は絶対に必要だ。再来週の講義で説明するぞい。

2つ目は「日本人には慈悲も知恵もある。だが勇気が足りない

フック社長は「大乗仏教で大切にすべき三つの言葉」は“慈悲•知恵•勇気”と言った。日本人は奥ゆかしく優しく利他の心もある。ものづくりに代表される知恵もある。だけれども枠を外れて人と違うことをやる勇気、信念を堂々と貫く勇気が足りない。だから今も政府の“集団的なスローガン”に流されてしまう。

3つ目は、祖国を思い日本を思うフックさんの心根である。

良い社会をつくりたいと思いが洗剤だった。その先には、成功した超未熟児の命を救う人工呼吸器がある。循環器病者のための酸素装置がある。ベトナムを越え日本を越え、地球のため人のために生きる姿がある。

世界中の学生諸君、針路を定めよ。


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