宮本学校

サッカーボールは丸い。丸いから思うようにゴールが割れずに割られてしまう。地球も丸い。丸いのに貧富の差もあれば差別もある。戦争も絶えない。

生涯でも最も大切な言葉のひとつを教えてくれた宮本宜明さんの法要に出かけた。通夜でも葬式でもなく、のっけから四十九日法要なんてしゃらくせえ。まあそういうオヤジだった。

miyamoto

急逝だったから欠落感がでっかい。控え室で葬儀を待っていると、隣の初老男性に声をかけられた。彼は展示施設業の経営者で、業者扱いされることなく、宮本さんにずいぶん可愛がられたそうだ。今でも亡くなったかと思うと涙がでると話されていた。

ぼくは3年ほど前に、ベトナム人留学生の就活講座の講師のご縁で知り合った。会った日にのっけから座れと言われて、たっぷり2時間半語られた。以来、訪ねるたびに2時間の講義を受けた。話題はあちゃこちゃに飛ぶが、不思議にスジが通っていた。後に考えると合点がゆく。深みと味わいがあった。

法要が始まって眠りそうになっていると、チーン(鈴)とボーン(銅鑼)とジャーン(シンバル)の楽隊が焼香を促した。それも終わって法要御礼の式辞を述べた人が涙声ゆえか、もぞもぞと聞き取れなかった。ただひとつ明瞭に聞こえたくだりがあった。

宮本さんは「地球は丸い」と言われて…(もぞもぞ)

ミセス宮本は口上挨拶をされなかったが、会葬御礼の四十九日法要御礼状の言葉に味があった。宮本さんのことをこう表現されていた。

お会いした方々のこと、いつも楽しそうに話してくれました。
古くからの友人のこと、新しく出会った方たちのこと、
お名前や関係、ストーリーを覚えるのが大変なほどでした。
“宮本学校”といいたくなるほどに、
周りにたくさんの様々な人の輪ができていったように思います。

みんな2時間の講義を受けた。部下も業者も経営者も作家も教授もベトナム人もボヘミアン(ぼく)も、みんなが受講した。

夢や希望をもって、挑戦しようとする人が大好きでした。
お話をしながら、自分の経験や知識、考えを一生懸命伝えようと
しているようでした。時に、激しすぎたり、脱線したり…
でも、常識にとらわらず、願いを持って人に語りかける、
そんな夫が私は好きでした。

宮本学校にもう少し留年しよう…と思ったら、不覚にも涙がこぼれた。もう一度2時間、彼の前に座りたかった。

宮本学校の卒業生のミッションは明瞭だ。いびつな地球を丸くしよう。これに尽きる。そのために卒業生の輪を重ねないといかん。


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