路地もの

画家瓜南直子さんは路地ものだった。遺稿集著書『絵画を生きて』を捲っていたらこんなくだりがあった。

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私は路地ものである。この町に棲んで30年以上になるが、大路を避け、通りをかわし、いつも路地を抜けてきた。そして、ついに路地の突き当たりに棲む身となった。(同書108ページ)

彼女は美大卒業後に鎌倉に住みだした。おぼろげな記憶だが、鎌倉はぐにゃぐにゃした道が多い。切り開かれた地形のせいもあるのだろう。

ぼくはこの死んだ画家とは一面識しかない一ファンだが、なんだかんだ彼女と接点を感じていた。なぜだか読み進めて理由がわかった。

青年時代は西荻窪に住んでいたというが、ぼくの祖父母も西荻窪に住んでいた。美大浪人時代、目白や鬼子母神や護国寺や池袋をほっつき歩いたというが、そこらはぼくのホームタウンだ。幼年時代は大塚に住み、音羽幼稚園に通っていたという。ぼくはそこで遊び、子供達はそこに通わせていた。ついでに彼女は8月15日生まれ、ぼくは16日生まれ。要はお隣さんなのだ。

だから共に路地好きで大通りは嫌い。大塚も目白も池袋も、鬼子母神のある我がタウン雑司ヶ谷も、くねって折れて行き止まりの路地だらけだから。両手を広げると両壁に届くような路地が好きだ。

ところがぼくはずっと“ニュータウン”に住んできた。千葉県松戸市の“新松戸”である。まっすぐで広い道が多い。千葉の都心近郊は車優先で歩道が狭い町が多いが、ここは広い。

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だから猫ちゃんも悠々と歩いている。都心近郊のマンションタウンとしては緑が多い。空も綺麗だ。良いところなんだが…

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さて好きな道はどこだろう?と自問すると、ほとんど浮かばない。せいぜいマンション敷地内のL字に曲がった小径くらいだろうか…。

おわかりでしょう、新松戸には路地がないのだ。

狭い道はある。だが狭ければいいのかというと違う。路地には歴史が刻まれているものだ。棲んで棲まれて生まれて死んで、焼けて興してきた歴史が宿るものだ。たかだか30数年のニュータウン、だから自分の道という感傷が持ちにくいのだろう。

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とはいっても夕景色も綺麗ですよ。けなしたもんじゃない。単に感傷にひたっているだけなのだ。棲み換えるなら、長い歴史があって、路地を踏み倒してゆけるようなところがいいな。

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