音楽は媒体に宿る

断捨離というか身辺整理をしだした。まずはCDとMDとカセットを整理した。カセットテープのあることあること…2/3は捨てた。ひとつ4kgくらいのゴミ袋2個。

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持っているCDラジカセはMDも壊れたしスイッチもおかしい。だから捨てちまうけど、cherryさんが古いコンポを下さるというので、カセットは残した。すると…こんなのも出てきた。何をクリーニングするかわからないよね…

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音楽の記憶や感動は耳だけではない。媒体に宿る。場所にも宿る。どんな媒体をどんなシーンで聴いたか。

たとえば中学生の頃、初めて買ったラジカセでFM放送をエアチェックをした。エアチェック自体死語だろう。放送の途中で曲が始まる瞬間を捕まえるのはスリルがあった。一瞬遅れて舌打ちしたものだ。

高校生になると、アルバイトをして買った山水電気のコンポでレコードを聴いた。

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通称“Yas-out”アルバム(Get Yer Yas Yas Out – Rolling Stones in Concert)を自室で踊りながら聴いて、レコード針を飛ばした。そのため『ストリート•ファイティングマン』は最終節で溝が切れて繰り返された。ファイトがいつまでも終わらない。負けてたまるかという根性はこの曲で叩き込まれた。

それが今はCDさえなくなりかけて、音楽はダウンロードになった。プレイヤーは薄っぺらい携帯である。音楽専用機ならまだしも電話で音楽を聴くようになった。聴いてる途中で電話がかかったり、SNSをしたり、下手すりゃゲームしている。

針を落とす緊張は消え、劣化する磁気テープへの思いやりも消えた。スワイプ&タッチ&タップ。音楽鑑賞への尊厳は消え、ひたすらお手軽になった。

それを便利の一言で済ますか、ちょっと待てよと思うか。お手軽とは体験も軽くなり、感情も浅くなると思うかどうか。ノスタルジーと言うなら言えばいい。ぼくはお手軽な現代を憐れむ歌を歌うだけさ。

コンポをもらったら久々にカセットの音楽を流したい。まだ捨てていないレコードプレイヤーをつないでレコードをかけたい。壁にはレコードジャケットを並べて、音楽本を読みながら、媒体へ敬意を払いたい。

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