Facebookをやめるとき

Facebookをやめる人がいる。

facebook
先頃やめたWさんはすぐに帰ってきた。二人同時でやめたXさんとYさんは帰ってこない。なんかあったのかな。ZさんもZ(2)さんも帰ってこない。なぜなら二人とも死んだからだ。帰ってきたらZombiesだ。

Facebookは自己表現やPR、友だち探しや安否確認に慰め合い、情報収集などいろんな便利さがあり、ありがたくもあるけれど、時に残酷でもあり面倒でもある。微妙にもなる。

やめる理由は想像がつきそうでつきにくい。人がFacebookをやめる理由はなんなのだろうか。

理由:何らかの事情で友人関係が崩れた。

友だちは蜘蛛の巣状に可視化されている。Aさんは味方だがAさんの友だちの友だちは敵。変なところで突っつきや噂があるのはいや。アップデートの範囲指定はできるけれど面倒だし…わかるなあ。

理由:いいねもレスも少なくなった。

最近減ってきたような気もする。アメリカではティーンの利用が減っているそうだ。親や先生が監視するからとも言われる。世界中が監視社会なのだろうか。

理由:ただ面倒になった。

それはわかる。ぼくのように「言葉の体操」と割り切るならともかく、フツーの生活者は「何を投稿してやろうか」なんて生活の軸にならない。投稿が生活の軸なんてさみしいなあ…(^^;)

理由:リア充になった。

そんなんでやめたいよ!生活が投稿中心なんてプア充(オタクで貧乏な自己満足)だ。念のため、ぼく自身はくらしは非リア充、仕事は“それなリア充”です。

やめなくても「友だちをやめる」つまり「消す」のはできる。ぼくはひとりだけ「コメントを見ない」にした人がいる。コメントが悪いだけで、人柄はいいかもしれないので。逆に気になる人は「友だちの家にゆく」、つまりTLを読むしね。

煎じ詰めれば「やる価値がない」「時間がもったいない」からだろう。みんなでかつぐ巨大なマーケティングツール、儲かるのはやつらだけだし。

だが最近Facebookの効用にひとつ気づいた。「意外に自分って良いヤツなのか」と思ったのだ。

いろんな人にコメ入れるし励ますし、良い活動はシェアするし。自分でもびっくりするほど世間ヅラの良い面が出てくる。単なる偽善的な「いいね連発シンドローム」かもしれないけれど(笑)。

なんて言いながら、ぼくもパっとやめたらごめんね(^^)


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