絵肌を描く悦び

絵を描きたくなった。読書『千住博の美術の授業 絵を描く悦び』からの感化である。ぼくは「言葉の力を高めるために」であるがー。

秋はアート。芸術の日のさして、スケッチブックが近うなりたる。絵筆をもって三つ四つと描くのもあはれなり。

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画人をきどって水彩色鉛筆を買った。原宿のASOKOに1時間半並んだ戦利品で(24色で400円)。筆を持つほどの技量じゃなし。でもデッサンには少し覚えがある。中学校の美術の授業からデッサンが一番好きだった。クラスメエトが壇上の椅子でポォズをとる。1ポォズせいぜい10分くらい。動くな。全体から細部へ、代わる代わる凝視する。シルエットはすらすら、スカートのヒダや指がむつかしかった。

だから何を描きたいかは決まっている。千住氏は日本画家だから自然の風景(滝や松や山々)となるが、ぼくはこの世で一番美しいもの、女性である。肌を表情をしぐさを描きたい。審美な唇を描きたい。Van Hove女史が目標(^^)

van hove
千住さんも、余談ですがと言い添えて「芸術の神様は女性、女の神様にかわいがられるように生きなきゃならない」と書いているし。

ではどう描くかといえば「絵肌を描きなさい」。

彼の美術予備校時代に「新美のデッサン」という挿話がある。鉛筆を寝かせて、鉛筆の腹の部分でさーっと描いて、ティッシュやガーゼでこすると、もやっと良い雰囲気が出る。だから芯をナイフで長めに出して削る。この技法を同級生達と編み出したそうだ。

鉛筆の腹で描くと肌の温もりまで描ける。肌の温もりを保つまで気持ちを塗りこみなさい。そうすれば「デッサンはマチエール(絵肌)を持つ」。つまり生命をもちだす。

身体の線をなぞるだけじゃそれは描けない。肢体の曲線を抜き出し、肉面をつかみあげ、心をのぞくのだ。“文肌”を保つ女性を言葉で書くために絵を描きたい。

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手づくり派でカタチから入るぼくは、水彩色鉛筆のケースをつくった。もらったカバーに入れるとお弁当みたい。謎をとく旅に出ましょうか。

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