本のカミガミ

神々は紙々に宿る。文章家にとって深いなと思ったこと。

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Xさんが経営する会社にYさんがいた。Yさんは作家志望である。世に出る作品が書きたい。夜な夜な努力していた。やがてひとつの小説を書きあげた。内容には自信があった。誰に読んでもらおうか。世話にもなり、切れ者の経営者でもあり、読書家でもあるXさんにコピーを一部渡した。

「ダメだこりゃ」Xさんは言った。
「なぜですか」
「私小説なんて売れないよ」

Yさんの体験をベースに書かれた話だった。体験を元に書くのは悪くないが、「物語」の域まで達していない。自分のことを書いた私小説なんて売れっこない。そうXさんは言った。ちくしょう、オマエにわかるか。Yさんはハラワタを煮えくり返らせた。

やがて少し売れだしたYさんは会社を辞めて、貧乏覚悟で作家に賭けた。以来十数年が経ち、その間、何度Xさんに本を持っていっても、Xさんはいつも首を傾げた。Yさんはその都度歯ぎしりした。ある夏の始め、一冊の本をXさんの元に届けた。Xさんはそれを持って旅行に出た。ホテルのプールサイドで寝そべって、本を開いた。

「ねえ、どこか出掛けましょうよ」妻が言った。
Xさんは本から顔を上げて言った。
「黙ってろ!この本を終えるまで出かけないぞ」

数日経った。Xさんに電話があった。Yさんだった。彼は恐る恐るどうでしたか?と訊いた。

「良かったよ」
え… Yさんは言葉に詰まった。「ほんとうに?」
「売れるよ」

Yさんは飛び上がって喜んだ。事実売れ行きはよかった。数日後、またYさんから電話があった。直木賞の候補になったという。するとXさんは言った。

「取れるよ」

だがXさんの社員で、すべての候補作を読んだ人が言った。

「Yさんの作品は三番目です。取れないと思います」
作品としての優劣から見て、三番目だと言う。
「オマエわかってないな。“カミガミ”が決めるんだよ」
「神々…?」

Yさんの作品は直木賞を取り、一躍売れっ子になった。どんな内容だったか。

「私小説を脱して物語になった。没入ができた」とXさんは言う。「カミガミってのは神様じゃない。トイレットペーパーなんだ」

トイレットペーパー…?それは芯をクルクルするように「どんどん読ませる」という意味である。ページをめくらせる力である。作品の完成度では他作に負けても、読ませるものがあった。読ませるにはいろんな要素があるが、それは書き手それぞれが考えることである。

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