キャッチャー・イン・ザ・ライを読めますか?

cherryさんから借りた『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を今朝、駅のホームで読み終えた。主人公のホールデンが放校されてから3日目、駅のベンチで寝入ってしまったのにちなんだわけじゃないけど、二日酔いや貧血の会社員が行きかう雑踏で読み終わるのもいいかなと、ベンチで3時間ほど粘って読み終えたってわけ。

いわずと知れた青春本の原点、今も色褪せていない。村上春樹訳は読みやすいしリズムがあるし何より使ってる語彙がいい。さすがベストセラー作家だ。野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』とどちらがいい?と訊かれれば、たぶん春樹を奨める。まあできれば英語で読んでほしいな。それがイチバンピュアだから。

この本の凄いところは「キミはインチキか?」と喉元にインチキ発見器を突きつけてくるところだ。だから読む人は読むし、読まない人は読まないのだろう。

読む人はたいてい十代で読む。ぼくも奨められて野崎孝訳を16才くらいで読んで、それはホールデンと同じ年だな。多感でエッチで思い悩んむ子供だった。彼みたいに放浪もした。一方読まない人は、インチキなんてすっ飛ばして、違う世界に生きれるんだろう。読まない人は読む人よりオトナなのかもしれない。

さて問題。ぼくは「アラヒフになっても読めた」。自分でも驚くほど共感をもって読めた。ホールデンの気持ちがわかるんだな。いい年してそれがいいのかどうか。ある意味で安心したし、ある意味で落胆した。

まあ読めたっていっても、十代の時の切羽詰まった読後感があったとは言い切れない。ライ麦畑から落ちる純真な子供を助ける潔癖さが、今のぼくにあるか?そもそもライ麦畑の崖っぷちの“キワ”が見分けられるだろうか?老眼でさ(笑)だからほんとに読めたかどうかはあやしい。

そもそも良い年してホールデンの気持ちがわかるなんて、自分が大人になりきれない子供だと告白するようなもんだ。かといってホールデンの気持ちがわからないと言うと、インチキな大人だと自白するようなものだ。それもイヤだ。つまりサリンジャーは、大人になっていく子供にそういう時限爆弾をしかけた

そこで読者は自問する。オマエは潔癖か?オマエはインチキか?ぼくはライ麦畑から落ちきれず、崖っぷちに引っかかったコドモオトナで人生をやってきたようなもんだ。さて余生をどう生きようか…

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ひとつ言えること。人生はインチキな人にも潔癖な人にもフェアであり、どちらにも残酷である。


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