趣味だから。

盟友フラメンコダンサーtomoyoさんが、発表会までの“二つの指標”を書いていた。それができれば発表会で自分の踊りができるという。

(1)そのヌメロを自分の問題としてとらえられるか
(2)踊る夢を見るか

うーむ…まずヌメロって何だ?そっからと笑うな(笑)。

どうやら「曲目」のことみたい。たとえば“セビジャーナス”(春祭りの曲)、“ソレアレス”(フラメンコの母と呼ばれる)、“ティエントス”(手探りの意味)、“アレグリアス”(喜び)といった曲がたくさんあって、愛もあれば哀しみも喜びもある。二人で踊るものもたくさんで踊るものも、速いのも遅いのもある。たくさんあるようだ。

そのヌメロをどう受け止めて自分の踊りにするか。他の人と比較してあれこれ思うようではまだ自分の踊りじゃない。tomoyoさんはこう書く。

「振りが体に叩き込まれて自分自身を表現する手段としてとらえられるようになったとき、何かがストンと腑に落ちます」

ふーむ…深い。良いことばだ。これは恋愛のようなものだろうか。相手の個性はそのままに、月と太陽が一直線になる月食のようになる。だがね結婚だってそうはいかんぜよ。もうひとつは「踊る夢」だが、以前に一度、朝踊りながら目が覚めたそうだ。これはいわゆる夢遊病(笑)。

tomoyosan

あるフラメンコダンサーのブログに良いことが書いてあった。

まずヌメロのこと。「ソレアとアレグレスで3年かかった」「どこまでいけばいいのか」「何年かかるのか」と途方に暮れる。でも基本をマスターすることで、フラメンコという芸能のデッサンができる。それができれば「幾つかをマスターするのか、ひとつを究めるのか、自分に何があっているか」自由に考えられるようになる。山を越えればラクになるってことか。

彼女はさらに続ける。「ただしフラメンコはあくまで趣味なのだから、他の飛ばしてゆく人を見て落ち込む必要はない。自分を的確に把握して、妬みもなく、落胆もなく、清浄で気長な気持ちを持てるように」

「趣味だから」

この言葉でほっと救われる。「食えないと夢は夢でしかない」と昨夜のブログで書いたけれど、心の底では「食えなくてもやる」のも大事じゃないかとも思う。食うためは妥協も闘争もあるから。「趣味なのさ」と思うくらいがちょうどいい。力を入れながら抜く。抜きながら入れる。それが実はプロになる道を拓くかもしれない。

本番まであと1ヶ月半、tomoyoさんの二つの指標の降臨をお祈りして。

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