ほらあな民族の話(全)

「なんだか気分がすぐれないの」若い娘のルーチェは言った。「お母さん、昨日から…いやここ数週間、ずっとめまいがするの」
「あらあら…どうしたんだろう」
お母さんは心配そうにルーチェのおでこに手をあてた。
「熱はないようね。コウモリ熱でも出たのかしら…」
お母さんは洞窟の我が家の壁の窪みから、壺を出した。フタを開けて中からヌメっとした目のない白いイモリをつまみあげた。
「ホライモリをお食べ。元気がでるよ」
「いらないわ」ルーチェは立ち上がって支度をした。「そろそろ洞窟マーケットにいく時間だし」
「もうそんな時間かい」お母さんはイモリをつるりと飲み込んで、モゴモゴ言った。

ここは<ほらあな国>。ルーチェは家業の食料品店を切り盛りする看板娘である。イモリやヤモリ、コウモリや蜘蛛といった、ほらあな民族の主食品の繁殖加工をしている。父は病気で休みがちなので、食品の加工は母の仕事、その販売は娘のルーチェの仕事である。弟はまだ学校へ通学中である。将来食料品店を継ぐものと父も母も、ルーチェ自身も思っていた。

ルーチェは洞窟川の支流に沿って歩きだした。川を流れるゴンドラにひょいと飛び乗った。行く先は洞窟マーケット、ほらあな国最大の市場。川の上の天からは、鍾乳ツララがズンズン下がっているので、立っていると頭にささってしまう。

ルーチェは巧みにそれらを避けながら、マーケットのそばで、ツララに懸垂するようにつかまった。ゆわん、ゆわんと体を揺らして、道に飛び移った。洞穴中央通りは働きに行く人や学校に通う子供、どうくつバスでごったがえしていた。

「おはよう!」ルーチェはお店の“くぼみ”に体を入れて、ナマイモリ、コウモリの干物や地下カエルを並べだした。マーケットでは食品も衣服もリビング用品もなんでもそろう。お店は繁盛して毎日忙しかった。

きっと、忙しいからめまいがするんだ。

ルーチェは自分に言い聞かせるようにめまいを飲み込んだ。「いらっしゃいませ」洞窟マーケットで一番素敵と言われる笑顔を、お店のくぼみからふりまいた。

先週から病院に行っている。洞穴クリニックへ行くと「なんともない。めまいは気のせいじゃよ」と言う。洞窟大病院はろくに話を聞かずに、ホライモリの心臓とコウモリの肝臓の粉末を処方した。イヤな匂いがするので川に捨てた。評判の悪いホラアナ医院に行くと、院長がヌメっとした手で頬と額に触れた。「スケベ!」と叫んで診察室から逃げ出した。

ふらふらする頭をかかえて、ルーチェは自分の夢を思った。

それは、洞穴の果てまで旅すること。ほらあなの奥の奥まで、果ての果てまで行って、そこに何があるのか見てみたい。

ある日ー。

「ルーチェや。出張に行ってきてくれないか」お母さんが言った。
「出張…?」
「南ほらあな郡で洞窟ハーブの仕入れをしてくれないか」
「ハーブ?もうそんな季節かしら」
「湿度が高くてジメジメのいい季節になっただろう。今が仕入れ時なの」

ルーチェは出張の支度をして洞窟の我が家を出た。南ほらあな郡には行ったことがなかった。比較的ジメっとした民族が多いほらあな国だが、その郡は陽気な人びとが多いと言われる。ルーチェは日頃のめまいが少し消えるような気がした。

旅の途中、ルーチェは仲のいい友だちに話したことを思い出した。
「どうしても黒と灰色の世界になじめない。息が詰まるわ」
「わかるわ、その気持ち。でも…」友人は言った。「黒と灰以外の色を私たちは知っているのかしら?」
ルーチェは首を振った。ほらあな国には、色といえばその2色しかなかった。なにしろいつも暗いので色はそのふたつで十分だったのだ。

やがて南ほらあな郡についた。陽気な人を探して見回したが、そこも暗いばかりだった。マーケットも商売人も、みなじっとりしていた。ルーチェはがっかりした。

そのとき、ほらあなが大きく揺れた。

壁から岩が落ち、天から岩のツララが降り、驚いたルーチェは壁際に身を寄せた。すると、壁がゆわんゆわんと動いて、ルーチェを突き飛ばした。岩と岩の間に飛ばされた。どれくらいたったのか。気がついて目を開けると、ルーチェはあおむけで、見えるのはほらあなの天だった。

そこには、今まで見たことのない<色>があった。


「見ちゃいけない」大きな手がルーチェの顔を覆った。「目をつむりなさい」

つむりながらもルーチェは、まぶたいっぱいに温ったかさを感じた。なんなのだろう?温かくて気持ちがいい。これまでほらあな国では感じたことがない。ルーチェは目を開けてみた。太い指の隙間から、表現できないものがあふれていた。

白い白い白い…白、とでも言うのだろうか?その色は、ほらあな国でいちばん白い白よりも白かった。

「もういいよ」
大きな手はルーチェの顔から離れた。もとのほらあな国の暗闇が広がっていた。
「なんだったの?」
「ここは天が薄いのだ。さっきのように揺れると、天が割れてあれが見える。だが見続けると…」
「見続けると?」
「目が溶ける」
「目が…溶けるの?」
「溶けた者はたくさんいる」

大きな手の男はハーブ栽培士であった。ルーチェがハーブを仕入れる相手である。

「だが不思議なことには、目が溶けても悲しまない。かえって陽気になる」
「どうして?見えないって悲しくないの?」
「考えてごらん。この国は暗闇ばかりだろう。目が見えなくてもかまわないんだ。目を失う代わりにあれを見た人は、心に<色>を感じるようになる」
南ほらあな郡のひとびとが陽気なのはその<色>のせいだという。
「色…?」
「白い白よりも白い色と言っている。その色が心に宿る」
そのときルーチェも、自分の体の変化に気がついた。
「私、めまいも頭痛もしなくなっている!」
ルーチェは自分がマーケットで働くたびにめまいや頭痛がすること、医者は治せないことを話した。
「よかったな」ハーブ栽培士はほほえんだ。「ほんの少し、白い白よりも白い色を見たせいだろう。それではー」ルーチェに洞穴ハーブの束を渡した。「これはお母さんに持ってゆきなさい。もうひとつー」
ルーチェの手に握らせたのは、ほらあな国の葉とはちがった色をした、10枚の葉っぱだった。
「これを持っていきなさい」
「なんていう色?」
「み、ど、り」
「み、ど、り…」
「天が開いたときにハラハラと落ちてくる。貴重なものだ」
「私が…もらってもいいの?」
ハーブ栽培士はニコリとした。
「キミはこれをどうするか、わかっているだろう?」

帰ってルーチェはその葉を刻んでみた。すると<色>が出てきた。色をつかんでは瓶の中に封じ込めた。ほらあな国で一番きれいな水をくんできて瓶に入れ、ハーブ水を作るとキラキラした。それに<ルーチェ>という名をつけて、ルーチェと同じようにめまいや頭痛がする人に分けた。飲んだ人はみんな元気になった。

今もルーチェは旅に出て、みどりの葉を求め、<ルーチェ>でたくさんの人びとを救っている。

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