最後の手紙

今日も老母の見舞いへ行った。来週は月曜に展示会準備、火曜はそのプレオープンとワークショップイベント、水曜は就活講座などがあって、なかなか行けそうにないからだ。

看護師さんがシモのお世話をしてくれている間、控え室で待っていた。そこに鉢植えがあった。本物かと思えば造花の植物か…それってねえなあ。いやオー・ヘンリー『最後の一葉』の計算が入ってるのだろうか?

昨日立ち寄ったとき、カレンダー帳に書き込みがたくさんあるのを見せられた。ボケなのかホントなのか「盗聴されている」と言って声をひそめて、筆談を始めるのだ。もちろん盗聴ではなく、室内音声がナースステーションに通じているのだろう。まあどちらでもいい。筆談をしようとして「あれ何書こうとしたんだっけ」と忘れるアリサマなので、あれれ…。

でも書くのはまだひとりでできそう。それで早めに届けたかった。

『アピカ1000年ペーパー』ノート。誰かにもらったものか…なにしろ罫線入りのノートは使わない主義だから、棚に放ってあった。

これを持ってゆき、遺言というより「あったこと」「思ったこと」を書いてくれ、というのがお願い。手紙は後に残される者にこそ価値があるから。

これは母方の祖母“グランマー”から兄宛の手紙だ。グランマーとは“Grand mother=祖母”の略で、おばあちゃんと呼ばれたくなくて、自らつけたハイカラおばあちゃん。6月8日とあるが年が入っていない。どうやら祖父が死んだあと、ぼくが社会人になりたてくらいの頃だ。3枚の手紙をかいつまむと、

オロリ(祖父はこう呼ばれていた)はおごりのない、質素な人でした。形見にミキモトの真珠のネクタイピンをあげるからね。好文(ぼくのこと)には大きな大きな字引をあげたから(15cm厚の英英辞典。オロリが英語の特待生で拝受したもの。百年前の出版物)。しっかり会社の仕事してください(兄は当時経営者だった)。

そんなことが書いてある。線引きのところがいい。

一生懸命になること、すなおであること、ネ豊儀(れいぎ)正しいこと、感謝の気持ちをもつこと、おごらぬこと。まけない気もちは結構ですが、人をつきとばしてまで自分のねうちを出そうと思ってもそれはむり…

昔の人はまっすぐだ。昔の手紙もまっすぐだ。グランマーは最大手玩具会社の社長夫人だった。だからこその矜持だろうか。電子メールでこんな迫力はでっこない。

グランマーが死んだあと、めぼしいもの(ライカとか宝石とか)は兄や従姉や知人がさらっていった。ぼくの手元にはオロリの壊れた懐中時計や望遠鏡、双眼鏡、夢二の詩集やライカの“本”が遺された。でもモノより価値のあるものをもらった。

手紙である。オロリの一通の手紙は戦前の史料価値もある。グランマーの兄宛の手紙も「どうせ捨てられるから」と母からぼくに渡ったものだ。

「アタシは縦書きしか書けない」と老母はほざくので、ヨコに使えば書けるだろと言って渡してきた。果たして何ページ書けることか…


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