うつろう美人

美人画というと、どんな絵を思い浮かべますか?浮世絵、大正浪漫、昭和少女、踊り子、コンテンポラリー…ぼくはクラシカルでもないコンテンポラリーでもない、その間をうつろう(移ろう)美人が好きだ。

北野恒富の「星」はいい。昭和14年、晩年の作品である。もともと木版挿絵画家からスタートしたからだろうか、浮世絵的な作風が多い。だが「星」は輝く姿態といい星をみつめる表情といい、現代にも生きる美しさがある。

菊池契月の「少女」(昭和7年)はクールビューティ。こんな女性がいたら惚れてしまうじゃないか。シルエットもいいし髪も美しいし、なにしろこの静かなまなざしがいい。

お待たせしました。中村大三郎の「読書」(昭和11年)は傑作だ。技術的な完成度の高さはともかく、本に目をおとす姿勢といい、支える左手、ほんの少し見える右手の姿態といい、永遠の美がある。こんな女の人は絵から外に出てはいけない

この絵の女たちは落ち着いている。たおやかな面もちで、情景になじんでおり、なにしろ静かである。だが現代の女たちは気ぜわしく、自己主張がつよく、声高である。電車で化粧しながら携帯いじってパン食うなんてもっての他だ。

あまりに浮世絵美人のように時代がかっているともえない。といってコンテンポラリー過ぎると「ちぇ」と思う。ぼくはクラシカルからコンテンポラリーへ「うつろうウーマン」が好きなようである。こんな人は最高である。

うつろうといえば女の年齢もまた、うつろうものである。

「40ン才なのに二十代に見える」美魔女が流行している。「関西美魔女Collection!」で優勝した前田文香さんは40才。彼女はかっこいい。女性がフォーエバーに美しいのは歓迎だ。

だがぼくらは美魔女の何を賞賛するのだろうか?かつての「美のなごり」だろうか?その年にしては「驚くほど若いこと」だろうか?肌や体型を維持している「日々の努力」だろうか?

なんにしても「魔が差す」というのは、美魔女崇拝のことを言うのかもしれない。

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