ねじれた性癖

帰りのエレベータでF氏と一緒になった。今日も暑かったネエ、食欲もげっそりですよ…と言うとF氏、

「最近は食べることしか興味がなくて」
「だめですよ。“くう・ねる・やる”でしょう」
あの傑作コピー“くうねるあそぶ”をもじって言葉を遊んだ。するとF氏、
ヤるより、いっぺんヤられてみたいなあ〜
それも数人にヤられてみたいとほざくので、ぼくもそれはいいね、と笑ってしまった。

F氏と別れて、フト雑誌だったか「女性のセックスはつつんであげる、という感覚なのよ」とある女優が対談で語っていたのを思い出した。対談相手の男優がフーンとうなずいたくだりにぼくも、フーンと深くうなずいちまった。

オトコは「やる」というのにピンとしちまう動物で、オンナは「つつんであげる」動物だというのは、あけすけですがアソコのかたちからして一理ある。

さらにオトコは欲望を達するとすぐに「じゃあね」と離れてゆきたがるのに対して、オンナは「そのままでいて」と囁く。「ヤって去る」と「余韻を楽しむ」の間には有史以来のギャップがある。オトコはふぅーっと銃口の煙を吹く「夜中のガンマン」であり、オンナはベッドから離れてゆくオトコを「許されざる者」と思うのである。

だがオトコとオンナにはねじれた性癖もある。

そこに恋人同士のオトコとオンナがいる。オトコがオンナの部屋にやってきた。一週間ぶりだ。オトコは今夜はしたかった。だがささいなことでケンカになった。オンナはプイっとした。さてどうするか。オトコはがーんとオンナを抱きしめ、荒々しくムリヤリにしてしまった。目的を果たした後、オトコは不安になった。もっと怒るだろうか?…別れると言うだろうか?…だがオンナはこう言った。

「そういうあなたが好きなの」

これも「つつんであげる」なのだろか?よくわからんぞオンナ(笑)。

余談。ぼくは雄々しい性格でもなく、猛々しい情動派でもなく「いいですか?」(笑)みたいなヒトです。だから究極のセックスは「ひとつになる喜び」だと思うのであります。

ともあれ。

「やる」という動詞はポジティブな意味もあればネガティブな要素もある。自分がやる、オレがやる、やってみなはれ、これらはポジ。一方、お前にはやらせない、やっつけよう、やれっこないという言葉はネガだ。さらに「やらせ」となると黒いものを感じる。

どうも「やる」という動詞はポジにせよネガにせよ、自分本位で自分中心なところがある。ともすると女性にもプイっとされ、組織や社会からも見放される。そこに相手本位の「つつんであげる」気持ちを加えれば、真の喜びに達するのではないか。

つまり両性具有がいい(笑)。それがムリなら、ヤるだけでなくヤられてみることですねと、F氏のねじれた願望に帰ったところで、今日はおしまい。

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