itの世界

文章修行のため、あるエッセイを筆写した。

筆写して参考になったことはたくさんある。読ませるスピードやストップ&ゴーにテクニックがある。ゆっくりスピードがじっくり理解、文を詰めたゴーは急展開につなげる。文の構成は入りくんでいるようで起承転結が透けて見える。だから読みやすいし、その世界に入りやすい。

だが緻密なばかりではない。業がある。本音がある。思い切りがある。行動につながる発射台がある。筆者はそんな自分のことを書いているのに、読者は「これは自分のこと」と感じる共感があるのだ。誰にもつうじる普遍性がある。

多くの人がこの作品を座右にしたいと思う価値がそこにある。

座右にしたい、つまり買いたい理由は、絵ならどういうことなのだろうか。私はギャラリー運営主でもあるので、絵の世界でそれを考えてみた。

<引力がある>
絵を買いたいと思わせるのは引力である。どうしても連れて帰りたい。だが「良いね」と思うのと「つれて帰りたい」は必ずしも一致しない。引力にはもっと魔物がひそんでいるものだ。

<クセがある>
何もクセもないのでは買う理由がない。画家の人間性もある。クセのある人からしかクセのある作品は生まれない。凡庸な人からは凡庸な作品しか生まれない。

<真贋がある>
骨董の世界や名画の世界と異なり、ぼくらが扱う気鋭の作家の絵には、いわゆる真贋はない。その代わりナマの人間のもつ欲望や欲情や我欲がないものはニセモノである。

なかなかひとことで言えないので、買いたい理由を「it」としよう。

作家もぼくらも「感じたら買って」と言う。陶芸でもガラスでもメタルでも、音楽でも詩歌でも、きっとエッセイでも同じな気がする。だからitでいいのではないか。「好き」「感じる」「そばにおいておきたい」「いつか価値がでる」…。itは買う人によっていかようにも変化するからだ。

いやそれでもitには、一本スジが通った何かがあるはずだ。itは技でつくりこむわけではなく、作家から出てくるもの。ならば出してしまえばいい。

世間から外れた欲情に走る人間、スケベで変態な人間、いつも不平不満をこぼす人間、いつまでももっとちがう自分探しする人間。これらはすべてぼくだ。きみも出してしまえばいい。できるだけ誰にもわかるようにぼかさず出してしまおう。出すスベをひとつ教えよう。

自画像を描くこと。絵を描くだけでなく文を書くだけでなく、あらゆる表現物でできることだ。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中