maruさんの絵を巡る

「ふっきれました。出してしまえばいいんですね。そうしたら、意外に付いてきてくれました」

ひさびさにじっくり話す画家maruさんは、やっぱりアーティストだった。個展『巡る』のために東京にいらした。彼女とのお話をつらつらと。

【構図】
「撮った写真と自分の心の風景を重ねあわせるの」

そう言われるとどの絵もひょいっと上がっている。すこし上からの構図が多い。それは「ゆがみ」ともいえる。

「あたし乱視だから」

と笑わせるが、この『遠い日々 遠い思い ポンデアスカール』ブラジルの風景画にも、空間が歪む感覚がある。ぼくらを神様の高見に連れていってくれるような。

【書き出し】
「水墨画のようにさっーさっーと描くの」

その日に余った絵の具で、新しい画題をさーっと描く。東京タワーも水墨画のようにひゅーひゅーと描き出した。すぐ近くで働いていたことがあるから何度もタワーには上った。体に構造が入っているのだろう。

「東京タワーは鉄、スカイツリーはプラスティックな感じがするわね」

ギャラリーで対に飾るスカイツリーの絵は、空にむかって軽々と伸びてゆく感じ。一方東京タワーは大地にしっかり。あの時から50年後の日本が軽くなったのは否めない。

【ペン】
アクリルと相性のいい細いペンを使いだした。それでこれまでの絵とちがうリズムが加わった。ペンで描くのは「描き込む」「正確に描く」イメージがあるが、maruさんはちがう。たぶん筆とちがうリズムや輪郭という命を画面に与えるためだと思う。

ウエブに画像を上げてもわからないので、現物を観てほしい。

【側溝や電線が好き】
「側溝のコンクリートってよくできているの。切ってあったり」
「そうそう、現場で加工もありますよね」とぼく。

画家の目は細部に宿る。側溝を描きこみ電線も引かない。普通だと省略したくなるものだが(人と人、建物と建物、町と町が)「つながっている」のが良いという。それとは別の話、この絵『大名1-14』はどこかブラジルのサンバのリズムを感じる。

【maruさんの絵を巡ってみて】
3つほど感じたことを。

 自分の視点で描く。
もっともらしく聞こえるけど、かんたんじゃない。自分の視点が何なのか知らないと描けない。何を伝えたいか脳か手かまたはハートがわかっていないと描けない。

 自分の描き方で描く。
決められた描き方、紙や下地を壊してみる。筆以外のものを取ってみる。意外な突破口がひらけるかもしれない。

 好きなものを描く。
自分がどのくらい「世間」「ひとさま」と離れているか。計ったってわかりゃしない。計ってわざとらしくなるよりも自分を解放しよう。出してしまえばいい。あんがい付いてきてくれるもんだ。

付いてきてくれないときは、ほんとうの自分が出てくるまで描こう。ぼくの場合は「書こう」だが、あなたの場合は「語ろう」「歌おう」「作ろう」何でも構わない。寝てても出てきてしまうほどすればそれはやって来る。それの方から「どうしてもらいたいか」語ってきてくれる。


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