ギャラリーを巡る。

ギャラリーと一口に言ってもいろいろある。「格」「一流、二流」がある。少なくともそう考える人々はいる。我がギャラリーの格は大したことはないが、ある意味、悪くもないと思っている。

【EAST TOKYOのギャラリー巡り】
先週からギャラリー巡りをしている。雰囲気や作品・作家を知り、展示会DMを交換して助け合う。今回は初訪問を増やしている。『EAST TOKYO』という美味しい店やギャラリー紹介をする無料マップがある(当方アートマルシェ神田が掲載されてない!)。開いてみよう。

東京R不動産が制作するマップは、東は浅草橋、日本橋馬喰町から西は神田駅まで、南は人形町から北は我が神田須田町(秋葉原の南)までをカバー。この界隈に未掲載分を含めて30軒弱ものギャラリーがある。なぜそんなに多いの?銀座・京橋・兜町からこのエリアに移ってきたギャラリーが増えたからだ。バブルが終わり、顧客が高齢化して収入減となり、家賃が安い割に都心に近いエリアがギャラリストに注目された。彼ら「画廊」は作家をかかえ、顧客をかかえて商売をしてきた。

ギャラリーはフレンドリーなところが多いが、そうでもないのもある。今日4軒ほど訪ねた中で日本橋にあるギャラリーXは素晴しいスペースだ。ビルの地階で天上高もある。絵がゆったり呼吸できる。絵画も質が高い。ある中国人作家が気に入ったが20〜30万円くらいだった。

ふうんとお話をしながら、どこか違和感を感じた。まず服装。ぼくは自転車に股がりメッセンジャーバッグを背負って巡る。しかも長髪。ギャラリースタッフのお二人は、女性も男性もスーツをビシっと着て紳士淑女な応対である。話言葉も上品で洗練されている。

ここはまるでブティックだ。ギャラリーにもブティックやカジュアルがある。

【ブティックギャラリーにて…】
カジュアルギャラリーは、心おきなくブラブラできて、店員や作家とお喋りできる。良いものを探すのが楽しみ。一方ブティックギャラリーには最初から「買う」客が来る。陳列にも商品にも応対にも、一分の隙もない。お客は「じゃあこれね」と指を指して去る。

ここでは息ができない。早々に退散した。

ブティックギャラリーに気後れするワケは、何のことはない、ぼくがブティックに行きつけてないからだ。排他的なハイソな店への劣等意識がギャラリーを見る目にも影響しただけだ。

だから彼らはブティックでいいのだ。彼らは銀座や兜町という金の匂う地で商売をしてきた。だがXギャラリーもエルメスやルイヴィトンには歯が立たないのは、アートがまだそこまでの業態として成立していないからだろう。

【ギャラリーには戦略がない】
ギャラリーには業態があるようでまだない。作品を飾る壁と照明と備品。そのくらいで始められる。だからすぐに潰れる。誰に来てもらうか、土地と作家と展示とスタッフまで一貫させる戦略がもう少しほしい。

と天に唾してしまうが、ぼくらも戦略は乏しい。ギャラリーは気軽に入って頂けるセレクトショップでありたい。良い作品と良いひととき。美味しいものある(食はこれから)。看板も手書きなら販促も歩きだしね。

風船と毛糸で作ったランプシェードは、次週5月15日からのmaru絵画展『巡る』で1Fウィンドウに飾るのだ。

ボンドで手を汚してクリエイター支援をする。そういう点は無くさずに、ぼくらなりの一貫性をたもちたい。


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